テクノ雑学

第79回 月の上には何がある? −X線による月面探査−

 2007年9月14日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は月周回衛星「かぐや(SELENE)」の打ち上げに成功しました。かぐやはさまざまな観測機器を利用して、月面に存在する元素や表面の地形、月の磁場や重力の分布などのさまざまな観測を行います。特に注目されるのが、月面に水が存在する可能性について、最終的な結論を出せそうな、ガンマ線分光計(GRS)による地表探査です。今回のテクの雑学では、かぐやに搭載されているGRSの仕組みを紹介しましょう。

人類の月探査の歴史

 1960年代のはじめから、米国では、国威をかけて人類初の月面着陸を目指し、アポロ計画が遂行されました。アポロ計画では1969年から1972年にかけて、6回の月面着陸に成功し、合計300kg以上の月の岩石と多くの写真など貴重な資料を持ち帰りました。これらの資料は世界中の科学者により現在も分析が続けられています。

 アポロが持ち帰った資料から得られた知見は多く、きわめて科学的価値の高いものです。しかしまた、アポロが持ち帰った資料は、あくまでも着陸地近辺から採取したものであり、具体的には月の表側、赤道付近で採取できる岩石類に限られていました。その後、月衛星によるリモート探査で、月の表側と裏側では岩石の組成や密度が全く異なり、あらためて月全体を調べる探査の重要性が認識されました。

 1990年代、アメリカでは、1994年に「クレメンタイン」、1998年に「ルナ・プロスペクター」という2機の探査機を月に送りました。これらの2機は、月の極軌道(北極と南極の上を通過する軌道)を周回することにより、月面全域を観測して地質構造図を作成しました。ここで人類に衝撃を与えたのが、観測データから「月面に水が存在する可能性」が示唆されたことです。

 その後21世紀を迎えて世界各国から月探査計画が発表されました。今回の「かぐや」に続いて10月には中国の「チャンゲ(嫦娥)」、2008年にはアメリカの「ルナ・リコネサンス・オービター」やインドの「チャンドラヤーン」など続々と探査衛星の打ち上げが予定されています。

■ どうやって調べるか

 月の表面の元素分布を調べるといっても、衛星からの観測では、直接地表の石を採取して調べるわけにはいきません。そのために使われるのが、ガンマ線分光計という観測機器です。

 月面には空気がなく真空なので、常に宇宙線が降り注いでいます。宇宙線の粒子が月表面にある原子に衝突することで、原子核から中性子が放出されます。この中性子が、周囲にある原子核とさらに衝突したり、吸収する時に、ガンマ線という放射線が放出されます。

 放出されるガンマ線の持つエネルギーは、放出元になっている原子の種類、すなわち元素によって異なることが知られています。つまり、月面から放出されるガンマ線のエネルギー分布を観測することで、どのような元素がどのくらいの割合で含まれているかを知ることができるのです。

宇宙線と反応して月面から放出されるガンマ線


 これまで、重力の弱い月面では、比較的軽い元素である水素は月面にとどまることができず、したがって水も存在しないと思われていました。しかし、ガンマ線分光器による観測で、水素に対応したエネルギーを持つガンマ線が観測されれば、月面に水素原子が存在するという有力な証拠になります。月面上の鉄やマグネシウムなどの原子は、酸素と結びついて酸化物として存在することが知られています。つまり、水素も酸素と結びついて、水として存在することが期待されるというわけです。

かぐやに搭載されているガンマ線分光計(Kaguya-GRS)の仕組みは下図のようになっています。

Kaguya - GRSの構造

(JAXA公開資料を基に作成)


 ゲルマニウム管(主測定装置)、BGO・プラスチックシンチレーターは、いずれもガンマ線を検知すると光を発生するセンサです。この光を観測することで、ガンマ線のエネルギーを測定します。主測定装置のゲルマニウム管はマイナス90度程度まで冷却する必要があるので、熱を宇宙空間に逃す冷却装置が取りつけられています。

 とはいっても、ガンマ線は、月面の宇宙線が原因となって放出されるものだけではなく、かぐやの内部の装置から発生するものや、宇宙空間に自然に飛んでいるものもあります。このようなノイズを除去するために、3つの計測装置で同時に測定し、差分を計算することでノイズを除去して、月面から到達したガンマ線だけを精度よく測定する工夫がされています。

■ 来年早々には月面の水の有無がわかる?

 かぐやの観測装置は冷却装置の安定稼動や試験を経て、12月頃から本格的な観測を開始します。月全体の元素分布図を作るには数ヶ月を要する見込みですが、水が存在する可能性が高いといわれる極地方については、もう少し早く何らかの結果が得られると考えられます。

 NASAでは、本格的な火星探査を視野にいれ、2018年には本格的な月面基地建設のために人を月面に送り、極域に水と金属を精製する装置を建設する計画を発表しています。日本のかぐやによる観測結果は、今後の月探査計画をすすめるための、貴重なデータになることでしょう。



著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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