テクノ雑学

第76回 見える運転で安全に −自動車の最新認知機能−

自動車の進化のテーマのひとつに「知覚化」があります。この機能の高度化なくして、さまざまな「運転支援」、そして「自律化」は実現できません。
 今回は、自動車の知覚化を促進させる上で重要な「認知」機能についてとりあげてみましょう。
 

運転のリスク回避には

人間は、常日ごろから特に意識することなく五感を駆使して周囲の情報を集め、状況を判断することで身体・生命の安全を確保しています。視覚、聴覚はいうに及ばず、触覚によってモノの重さや硬さを判断する、皮膚感覚で風向きや気温を感じ取る……といった「認知」を繰り返すことで、身に迫る危険を察知しているわけです。嗅覚や味覚も、「違和感」によって身の安全を確保する役割を持っています。

 ドライバーが運転中、状況の認知・判断のために使っているのはおもに視覚と聴覚ですが、状況によってはこれらの感覚がスポイルされてしまうこともあります。
 なかでも、視覚の制限は状況認知の大敵ですが、運転中はこれが避けられません。車内から外部の状況を見渡そうとしても、自動車のボディ自体が視野をさえぎってしまい、いわゆる死角が生じてしまいます。路地から出て行くような場合も、直近にある塀などの構造物が視野をさえぎりますし、直交する道の状況を確認するためには、ボンネットの長さの分だけ先に進まなければならないことも、事故のリスクを高める大きな原因となってしまいます。

 自動車の運転中に限った話ではなく、見えている=認識できている危険にわざわざ近寄っていく人はいません。つまり、危険な状況におちいってしまう最大の原因は「見えていない」ことです。逆にいえば、見えていない部分を「見える化」することで、自動車の運転に伴うリスクは大きく低減できると考えていいでしょう。
 

■ 「見える化」のためのさまざまな機能

 では、いったいどのようにして「見える化」するのでしょうか? 以前からボディ形状の工夫やバックミラーのワイド化などによって死角を減らす努力は積み重ねられてきましたが、そのような手法では死角を完全になくすことはできません。そこで昨今、主流となりつつあるのが、自動車自体に周囲の状況を認知する機能を持たせることで、見えない部分を見える化する方向性です。
 具体的には、各種のセンサなどを用いて、自動車に昆虫などの触角、もしくはコウモリやイルカなどが用いているエコーロケーション・システムのような機能を自動車に持たせる、というものです。

DSRCの概要イメージ

※資料提供:ボッシュ株式会社


 現在、自動車に用いられている知覚化のためのデバイスは、大別すると音波(超音波)を使うもの、レーダーなど電波を使うもの、そして光学情報(画像応用など)を用いるものに分類できます。
 これらは互いに「得意分野」があります。超音波はコンパクトかつ低コストにシステムが構成できますが、センシングできる範囲があまり広くなく、せいぜい周囲数メートル程度。レーダーは長距離センシングに向き、200m程度の距離までフォローできますが、特にミリ波を用いるものでは横方向が見えにくく、悪天候にもやや弱いのが弱点です。ビデオカメラによる画像認識は、「水平三角法」などによって周辺物との距離を測定できることに加え、画像処理によって様々な応用がやりやすい反面、あまり広範囲や長距離にわたっての検出は得意ではありません。
 つまり、それぞれの得意分野を活かし、苦手分野を補いあえるよう、用途に応じて適切に組み合わせて用いることが、開発上の大きなポイントとなってくるわけです。

 

■ これからの運転支援機能

 自動車の知覚化によって実用化されている運転支援機能には、以下のようなものがあります。

車線逸脱警告/防止機構

前走車追従走行機構

衝突予知/防止機構

ナイトビジョン

駐車支援機構

 いずれも基本になっているのは、周囲の状況や障害物、危険因子とおぼしき事物を、ドライバーに「見せる」もしくは「知らせる」役割です。次の段階として、危険が迫っているのか否かを「判断」し、危険と判断された場合はドライバーへそのことを伝えることが必要になります。最終的には、事故を回避できるのか否かを判断し、回避のために運転操作へ介入したり、衝突が避けられないと判断した場合は乗員の負傷を軽減するため、シートベルトを引き込むといった積極的な安全確保のための機構を作動させる、という段階へ移行することになります。


アラウンドビュー・モニター

 近々実用化されるユニークな機能として、日産自動車の「アラウンドビュー・モニター」を紹介しましょう。

 基本になっているのは、車両の前後左右4ヶ所に装着したCCDカメラと、超音波ソナーによる車両周辺状況の走査です。カメラによって周囲の状況を映像として伝え、障害物などに接近するとソナーがそのことを認知し、ドライバーへ危険を知らせるわけですが、そこまでなら、実はけっこう昔から存在していた機構にすぎません。アラウンドビュー・モニターのポイントは、それらの情報をコンピュータによって処理し、ドライバーがより認識しやすい形に加工して提示する、処理の方法にあります。

 CCDカメラは、それぞれ180度程度までの画角を持っています。それらの映像をそのまま表示したのでは、広角レンズを用いることで生じる画像の湾曲が避けられず、周辺の障害物との距離感が把握しにくくなってしまいます。そこで、コンピュータによって画像の補正処理を行ない、ほとんど湾曲のない映像を合成してからモニターへ表示します。

 それだけではなく、モニター画像には真上から俯瞰した状態の自車像も合わせて表示されますから、周囲の状況が一目で把握できます。さらに、その時点でのハンドルの舵角と車速に応じて、予想されるクルマの進行方向もフレーム表示されますから、そのまま進めばいいのか、それともハンドルを切り増したり戻したりしなければならないのかも容易に判断できます。もちろん、障害物が接近すれば警告音が鳴りますから、「見えない」ことによる接触の危険性は限りなくゼロへ近付けられるといっても過言ではないでしょう。

 アラウンドビュー・モニターが付いたクルマなら、縦列駐車やロットの幅が狭い駐車場でも安心、安全に操作できます。大型ミニバンが欲しいけれども、ウィークデイは運転が苦手なお母さんがアシに使うことも多いし……といったご家族には、たいへん嬉しい機能なのではないでしょうか。。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経デジタルARENAなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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