テクノ雑学

第73回 もっと安全に、もっと楽しく −DSRCで広がる移動体通信−

現在、クルマと外部が「路車間通信」などで情報をやりとりするために用いられているメディアは、FM多重波、電波、光によるVICS情報の提供と、ETCシステムになります。このうち、「路車間通信」用メディアということになると、電波、光、ETC用ビーコンの3種類になります。
 

【 テクの雑学 】

■第57回 冬のボーナスで快適なドライブライフを −VICSとETCの仕組み−


 さらに新しいサービスを提供するためのメディアとして、各地で実証実験や試験運用が行なわれているのが、「DSRC」と呼ばれる規格です。

DSRCの仕様

DSRCは「Dedicated Short-Range Communications」の略語です。日本語では「専用狭域(短区間)通信」と訳されます。本来は、おもに路車間ならびに車車間通信に用いられる狭域通信一般を指して使われる言葉で、通信の具体的な仕様は国や地域によって異なっています。

 言葉の定義通りに言うなら、現在のVICSビーコンもETCビーコンもDSRCに含まれることになりますが、一般的に日本でDSRCと言う場合は、「多機能型ETC車載器」と対応ビーコン、そして対応車載器によって提供される、双方向移動体通信サービスの総称として用いられます。

 日本におけるDSRCの仕様は、ITS情報通信システム推進会議の研究開発部会「路側通信システム専門委員会」の規格ワーキンググループによる審議の内容を基に、社団法人電波産業会(ARIB)が策定した「ARIB STD-T75」が標準規格となっています。

 ARIB STD-T75が定めているのは、通信の物理層に関する仕様です。一般的には、通信制御とIPへの対応、ASL(Application Sub Layer 複数のアプリケーションの実行を可能とする論理構造)の仕様を定めた「ARIB STD-T88」、基本アプリケーション・プログラム・インターフェースの仕様を定めた「DRSC基本アプリケーションインターフェース仕様ガイドライン(ITS FORUM RC-004)」との組み合わせによって運用されることになります。

 通信手順としては、すでにETCサービスで使用されている5.8GHz帯の電波を使い、通信速度はおよそ4Mbps、通信範囲は数メートルから数十メートル程度となっています。これは民生用の双方向通信用途としては最も高い周波数帯です。周波数が高いことで電波の指向性(直進性)が高まってしまいますが、「狭域通信」でかまわない路車間通信においては特に問題にはなりませんし、高速な移動体であるクルマとの間で確実に情報をやりとりする上では、短時間で大容量通信が可能なメリットが活きてくるのです。

 日本におけるDSRCの標準では、車載器にも発振器を内蔵し、路側器との間で自由に電波を発射するアクティブ方式を採用しています。ちなみに、欧州標準になっている方式でも同じく5.8GHz帯の電波を使いますが、こちらは車載器に発振器を内蔵せず、反射によって双方向通信を行なうパッシブ方式です。アクティブ方式は、通信速度と信頼性の面でパッシブ方式よりも優位とされています。

■ DSRCの活用例

 DSRCの仕組み自体は、路側器と車載器の間で情報をやりとりし、個体識別・認証や決済を行なうものですから、従来のETCサービスで用いられていたシステムからそう大きく変わってはいないとも言えます。
 大きく変わるのは、「他用途向け共通メディア」となることです。ETCとの互換性が確保されているのはもちろんのこと、AHS(Advanced Cruise-Assist Highway Systems 走行支援サービス。路車協調テクノロジーを駆使し、交通事故や渋滞の削減を目指すシステム)における情報提供メディアとして使いられることが予定されています。

 具体的な例をあげてみましょう。
 沖電気工業は、携帯電話用の「超小型DSRC無線モジュール」と、モジュールを搭載した携帯電話端末の試作機を公開しています。端末はDSRC通信用モジュールとGPS機能を搭載していて、所有者の現在地を一定間隔で測位し、半径数百メートル程度の範囲にいるクルマへ所有者の位置情報を送信します。逆に、端末はクルマから送信される位置情報も受け取り、一定範囲内にクルマが近付くと、音や振動、メッセージによってクルマの接近を通知してくれます。

 また、端末とクルマの位置が規定の範囲よりも近付くと、端末と車載器が直接通信を行ない、進行方向や移動速度などから事故の危険性が高いと判断された場合には、双方に注意を喚起します。
 

DSRCの概要イメージ


 画像認識技術との組み合わせによる安全確保の研究も進んでいます。たとえば信号機にカメラを装着して周囲の状況を観察し、交差点付近に歩行者とおぼしき移動体が認識されたら、周囲を走行、もしくは信号待ちをしているクルマに注意喚起のメッセージを送信する、といった具合です。このようなサービスに対応するカーナビゲーション・システムも、そう遠くない時期に発表されるようです。

■ 広がるさまざまなサービス

 もうひとつのポイントは、交通情報など「官」の提供する情報以外の用途にも解放されること、そしてETC以外の分野でも認証や決済が可能になることです。

 先にも述べたように、DSRCを用いた路車間通信は仕様が標準化され、一般に解放されています。そのことによって、ガソリンスタンドや時間貸し駐車場、コンビニやファストフードなどのドライブスルー型店舗などでの決済、月極駐車場での認証といった、さまざまなサービスへの応用が見込まれています。

 また、規格の中にIP接続が織り込まれているため、サービスエリアなどに駐停車している状態ではインターネットに接続し、各種の情報にアクセスすることも可能です。

DSRCの基本APIのイメージ


 たとえば、ショッピングセンターの駐車場にクルマを乗り入れると、まずは空きスペースへ誘導してくれる。そこまでの移動中、その時々に行なわれているイベント情報やお買い得商品の情報などが表示される。駐車中には、あらかじめ指定しておいた音楽ファイルをカーオーディオにダウンロードする。買物を終えてクルマに戻ったら、インターネットに接続して次の目的地周辺の情報をカーナビに取り込む。退出時には、利用金額に応じた無料駐車サービスの決済も行なう……といった応用が考えられますし、一部地域ではすでにいくつかのサービスが実用化されています。
 このようなサービスは、NTTデータ、デンソー、トヨタ自動車、日本アイ・ビー・エム、三菱電機、三菱商事の6社からなるIBAコンソーシアム(IBA=ITS・ビジネスプランニング・アソシエーション)が、普及のためのさまざまな活動を行なっていることから、「IBAサービス」とも呼ばれています。

DSRCで提供されるサービスのイメージ

 SuicaとPasmoの相互乗り入れをきっかけに……というわけでもないでしょうが、その後もセブン&アイ・ホールディングスの「nanaco」、イオングループの「WAON」など、新たな電子マネーサービスの運用が始まっています。
 DSRCは、クルマを使っての移動に、それら以上の利便性を実現してくれる仕組みです。本格普及までには、まだある程度の時間が必要と考えられますが、徐々に、そして確実にクルマ社会に浸透し、普及して行くことは間違いありません。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経デジタルARENAなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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