テクノ雑学
第70回 DRMとは?デジタルコンテンツを保護するその仕組みを解説
この4月、世界4大レコード会社のひとつであるイギリスのEMIグループが、オンライン販売する自社の楽曲を「DRMフリー」化すると発表、大きな話題を呼びました。まずはアップルが運営するiTunes Store上で、「プレミアムダウンロード」枠として5月中の提供開始を予定しています。
ほぼ同時期に、マイクロソフトが運営するオンライン音楽ストア「Zune Marketplace」が、続いて5月にはAmazon.comも同社サイト内でDRMフリーの楽曲販売を発表。今後のオンライン楽曲販売に大きな影響を与えることは必至と見られています。
DRM −コンテンツの利用・複製を制限する−
DRMはDigital Rights Managementの略。デジタルコンテンツにおいてコンテンツホルダーが持つ著作権などの権利が不当に侵害されることを防ぐため、コンテンツの利用や複製を制限する仕組みの総称です。DRMフリーとは、DRMの仕組みを組み込まない状態を指します。
音楽や映像ソースのデジタル化によって、コンテンツは高音質・高画質で楽しめるようになりました。しかし、デジタル化によって新たな問題も発生しました。なかでも大きな問題となったのが、違法コピーならびに配信による権利侵害行為です。
念のために記しておくと、日本の著作権法では「私的複製行為」については権利侵害に当たらないと規定しています。たとえばレコードからカセットテープにダビングしてポータブルプレーヤーやカーオーディオで聞く、コンピュータソフトの場合は供給メディアの破損や劣化に備えてバックアップを取っておく、といった行為がこれに該当します。
しかし、「私的複製」の「私的」とはどこまでの範囲を指すのか?家族に頼まれてダビングした場合は違法行為になるのか?学校や会社の友達から頼まれた場合は?といった点については、明確な線引きができているとは言いがたいのが実状です。ちなみに、政府は「私的複製の範囲を明確化するため、2008年度中に速やかに結論を出す」とアナウンスしているので、はたしてどのような線引きが行なわれるのか、注目しておきたいところです。
問題は、デジタルデータ化した楽曲や映像は、いくらコピーしても音質や画質が劣化しない点にあります。CDやDVDなどのパッケージメディアから、音楽なら「CD-DA」、DVDビデオなら「MPEG-2プログラムストリーム」という記録フォーマットを保ったままデータを吸い出し、他の媒体へコピーすれば、原盤と同じクオリティーを保った複製物が無限に作れてしまいます。
また、「Napster」や「Gnutella」など、ネットワーク経由のファイル共有/交換システムによって、複製物を不特定多数へ配布することが可能になったことも、コンテンツ権利者には大きな脅威となりました。
そこで登場したのが、そもそも原盤から複製物を作れないようにしたり、なんらかの制限を設けるための仕組みです。このような仕組みの総称がDRM、というわけです。
DRMの手法
実際に用いられるDRM用の手法は数多く存在します。制限の内容によって大別すると、
といったことになるでしょうか。
1)は、たとえばTVのデジタル放送が、DVD-Rにはコピーもムーブ(コピーすると、元のファイルが削除される)もできない仕組みや、音楽コンテンツを保存する記録メディア側の仕組みが該当します。
2)はCCCD(Copy-Controlled CD)やDVDビデオなどに用いられている、そもそも原盤から複製物を作ること自体を不可能にする仕組みです。
3)は、やはりデジタル放送に対応する保護技術があげられるでしょう。パソコンが内蔵するデジタル放送対応のTVキャプチャーボードで録画した番組は、録画したパソコン以外では再生ができない、といった仕組みです。
4)もデジタル放送で「コピーワンス」として用いられています。ハードディスクやDRM対応のDVD-RAMなどに録画することは可能ですが、そこから他の媒体へコピーすることはできず、ムーブのみ可能となります。また、音楽配信サービスなどに用いられている場合、ファイルを他の媒体にコピーできる回数に制限をかけ、またファイル自体にコピーされた回数(世代)の情報を埋めこむことで、たとえば「原盤からのコピーは3回まで可能で、コピーされたファイルからのコピーは不可」といった形での保護を行ないます。
5)は、コピーの可不可によらず、設定された期日を過ぎるとファイルが再生できなくなる、というものです。
DRMの仕組みは単独ではなく、複数を組み合わせて用いられることもあります。また、「ハードウエア+ソフトウエアの組み合わせによって実現するもの」と、「コンテンツのファイル自体に含まれるソフトウエアで実現するもの」に分類することもできます。ちなみに現在の主流は、ソフトウエアによる保護です。
DRMの問題点と今後
DRMによって、コンテンツホルダーの利益が適正かつ正当に保護されることは望ましい事柄ですが、問題は保護のための手法に、時として“行きすぎ”が見られることです。
たとえばCCCDは再生機の大きな負荷がかかってしまうことや、場合によっては再生自体ができないといった問題が顕在化しました。また、パソコンで再生しようとすると有無を言わさずに専用の再生プログラムをインストールするCCCDによって、パソコンの動作が不安定になりかねない点が問題視されたこともあります。あげくの果てには、マルウエアが用いる「Rootkit」という手法を使って、DRM管理用プログラムの存在そのものを秘匿するものが出現するに至り、ユーザーの権利と著作権保護のバランスについて大きな議論が巻き起こったことは記憶に新しいところです。
【 テクのサロン 】
10th Floor パソコンとネットワークのセキュリティ −「マルウエア」ってなんだ?
産業界からも、「DRMによってデジタル放送が録画保存できないと誤解しているユーザーも多く、そのことがデジタル放送・録画機需要の伸び悩みを生んでいるのではないか?」といった見解が提示されるなど、2011年に予定されているアナログ放送停波に向けてDRMのあり方を見直そうという動きも見て取れます。
実はiTunesを運営しているアップルのCEOであるスティーブ・ジョブズ氏も、基本的にはDRM不要論者なのです。DRMの方式の違いによって、Aというストアで購入した楽曲がBというプレーヤーでは再生できないという事態がままあること、かといって特定の保護技術だけに頼ると、その保護技術が破られた場合に被害が大規模になってしまうこと、そもそも原盤であるCDには保護技術が組み込まれていないのだから、ネット配信版だけにDRMをかけることに意味があるのか?といった事柄がその論拠です。
このような背景から生まれたのが「DRMフリー」という流れです。いくら高度な保護技術を投入しても、それを破ろうとチャレンジする人は必ず現われる。そんないたちごっこに労力を費やすよりも、コンテンツホルダーとユーザーの双方が納得しやすいDRMの形を作り上げることのほうが重要なのではないか?という見解は以前からありました。その究極の形が、DRMフリー化と考えていいでしょう。
DRMフリー化によって、はたして音楽配信市場はいっそうの活況を実現できるのでしょうか?今後の行方を興味深く見守っていきたいと思います。
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経デジタルARENA、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)
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