テクノ雑学

第50回 アイドリングストップもエンジンまかせ−スマートアイドリングストップシステム−

 ガソリン価格が高騰モードに入っています。ほんの数年前には、レギュラーガソリンで1リッターあたり80円台まで安くなっていたものが、現在は120円台後半から130円台。8月には140円台突入か? とも言われています。
 一般的な小型乗用車の燃料タンク容量は50〜60リッター程度で、残り10リッターになると燃料切れ警告ランプが点灯します。約50リッター給油するとして、リッターあたり90円なら4,500円で済むところが、リッターあたり130円だと6,500円、140円では7,000円にもなってしまいます。5,000円札でお釣りが返ってきていたものが、さらに1,500円以上も余計に払わなければならなくなってしまったわけで、高騰ぶりを痛感させられる事態と言えます。

スマートアイドリングストップシステム

■ アイドリングストップのメリット・デメリット

 ガソリン価格にかかわらず、省燃費運転を心掛けるに越したことはないのですが、ここまで高騰すると、生活防衛のため、より積極的な省燃費方法はないものか? と思うのが人情です。急発進や不必要な加速をしない、なるべく高いギアを使って走るといったセオリーに加えて、個人としても手軽にできることとして、「アイドリングストップ」に注目してみてはいかがでしょうか。

 クルマやオートバイのエンジンは、なんらかの方法でクランク軸を強制的に回転させることで始動させます。多くの場合は「セルフスタータ・モータ」と呼ばれる、電気モータの力でクランクを回転させて始動する機構を備えています。
 クランクを回転させると、シリンダー内部のピストンが押し上げられて内部の混合気を圧縮します。そこに点火することで混合気が爆発し、膨張する力によってピストンが押し下げられ、その力がクランク軸を回転させ……という、一連の動作が連続的に行なわれます。この状態は燃料が供給され、点火プラグに通電している限り、続くように作られていて、一般的なクルマは、停車していてアクセルを踏まない状態でもエンジンが停止しないよう、必要最低限の燃料を供給し続けています。

 この状態をアイドリングと呼んでいます。「怠惰な」「仕事のない」「暇な」といった意味の動詞「Idle」にingを付けた動名詞で、たとえば工場の生産ラインで部品の供給待ちなどのため、実際に生産していない時間を「アイドリングタイム」と呼んだりもします。

 アイドリングストップとは、信号待ちや渋滞などでクルマが停止している状態で、エンジンの動作を停止させることです。アイドリング中に消費される燃料は、移動のために直接貢献しませんから、ムダ遣い状態と言えるわけです。
 車種やエンジンの排気量などにもよりますが、一般的に5分間のアイドリングで50〜70cc程度の燃料が消費されると言われています。100分間で1リッター消費する計算になりますから、省燃費効果は無視できないレベルと言っていいでしょう。

 アイドリングストップは、ごく普通のクルマでもドライバーがイグニッションキーを操作することで実現できます。イグニッションキーを「OFF」もしくは「ACC」の状態へ戻すと、点火プラグへの通電が遮断(もしくは燃料供給が停止)され、シリンダー内部で爆発が起こらない状態になります。普段、エンジンを停止させる手順とまったく同じです。再び走り出すタイミングになったらイグニッションキーをONの状態にし、エンジンを再始動させるわけです。

 しかし、クルマのインタフェースとしてイグニッションキーの位置はあまり操作しやすいところには配されていません。使用頻度が低く、走行中に操作するものではないことから、むしろなるべくドライバーが触れないように配慮されていることが多いのです。そのため、アイドリングストップによる省燃費効果自体は理解していても、操作のわずらわしさに「まあ、いいや」となってしまいがちなのが実状と言えるでしょう。

 また、アイドリングストップにはデメリットも指摘されています。エンジンを再始動するタイミングが悪いとスムーズな交通の流れを妨げてしまうこと、エンジンは始動時に多くの燃料を消費しがちなこと、また始動直後の20〜30秒間程度は排気ガス中の有害成分が増大してしまうことなどが、その根拠になっています。また、セルフスタータやバッテリを酷使することによるトラブルも懸念されがちです。通常のクルマでは、エンジンを停止するとエアコンも止まってしまうことも、特に夏場には心理的な抵抗感を生みがちです。

 これらのデメリットは、実はケース・バイ・ケースなのです。始動時の燃料消費と、排ガス中の有害成分増加については、「1回あたり連続で6秒以上停止する場合には、アイドリングストップによるメリットが上回る」との実験結果が報告されています。セルフスタータの酷使については、クルマ固有の状態にもよりますが、一般的に数万回程度の使用を想定しているので、そう心配する必要はないと考えられます。バッテリに関しても同様で、日ごろのメンテナンスをしっかり行なっていれば、そうそうトラブルにはつながらないはずです。

アイドリングストップ機構のしくみ

 ここで登場するのが、なるべくデメリットを減らすため、車両側で状況を判断し、自動的にアイドリングストップ/エンジン再始動を行なう「アイドリングストップ機構」を備えよう、との発想です。すでにバスやタクシーなど公共交通機関では、アイドリングストップ機構を組み込んだ車両が増加中です。一般ユーザー向けのクルマでも、トヨタ・プリウスなど、通常のエンジンと電気モータを組み合わせたパワーユニットを搭載するハイブリッド車は、標準でアイドリングストップ機構を備えています。

 ハイブリッド車は、発進から30km/h程度までの加速には電気モータを主な動力源として走行します。この0〜30km/h程度の間は、特性上、エンジンが比較的苦手とする領域で、逆に電気モータが得意とする領域であることが、燃費向上に大きく貢献するのですが、実はそれと同程度にアイドリングストップも貢献している、といった見解もあります。

 アイドリングストップ機構は、車速が20km/h程度以下になると動作の準備を始め、以下のような条件が揃った時に、自動的にエンジンを停止します。

車速が0km/hであること

マニュアル・トランスミッション車の場合、ギア位置がニュートラルになっていること

オートマチック・トランスミッション車の場合、セレクター位置がPかNであること

ブレーキランプが点灯していること

その状態が一定時間以上継続していること

 アイドリングストップ状態から自動的にエンジンを始動する場合、マニュアル車はクラッチを踏む、オートマ車はセレクターレバーをDなどの位置に動かすことがトリガーとなり、自動的にセルフスタータ・モータが稼働してエンジンを始動します。

 機構によっては、エアコン動作時や、バッテリの状態が良くない場合にはアイドリングストップしないようにプログラムされている場合もあります。動作/非動作のための条件は融通無碍に設定できますから、残る問題はセルフスタータとバッテリの負担増ということになります。
 この問題を解決するため、マツダがたいへんユニークな仕組みを公案しました。「スマートアイドリングストップシステム」と命名されたこの仕組みは、エンジン始動のためにセルフスタータ・モータを使わず、エンジン自体の力を使うという、コロンブスの卵的な発想に基づいています。

スマートアイドリングストップシステムのしくみ

 4気筒エンジンの場合、4個あるシリンダーは、1個が圧縮行程、1個が膨張行程、残りの2個が吸気/排気行程というサイクルを繰り返しています。エンジンを停止させる際、圧縮行程にあるシリンダーと膨張行程にあるシリンダーの空気量をだいたい同じになるようにバランスさせておくのが、このシステムの最初のポイントです。ちょうどいいところに止めるためには、減速中にスロットルバルブを繊細に制御しておくことが要求されます。つまり、スロットル・バイ・ワイヤ技術が活躍するところです。

 狙い通りの位置にピストンを止められたら、圧縮行程にあるシリンダー内部に少量の燃料を噴射しておきます(つまり、直噴ガソリンエンジンであることも条件になります)。

 エンジンを始動させるモードに入ったら、圧縮行程にあるシリンダーの点火プラグに着火します。するとエンジンのクランク軸は逆方向に回転することになります。この時にどの程度の角度を逆回転させるのかが、この技術のふたつめのポイントで、電子制御技術が活躍する部分となります。また、この段階で膨張行程にあるシリンダー内部に燃料を噴射しておきます。

 膨張行程にあるシリンダーの内部は、クランク軸の逆回転によって行程が少し戻り、内部の圧力が少し高まります。その状態で点火プラグに着火してやると、シリンダー内部で爆発が起こり、クランク軸は正方向に回転を始めます。ここまで来たら、あとは通常の行程でエンジンを回転すればいいわけです。

 ブランコをイメージすると、理屈がわかりやすいかもしれません。ブランコに座ったら、最初に脚の力でブランコごと身体を後方にずらしますよね? その状態で地面から脚を離すことで、ブランコは前方向に進んでいくわけです。

 行程を細かく説明するとなにやら複雑そうに思えますが、一連の行程は約0.3秒の間に行なわれます。ドライバーがブレーキペダルから足を離し、アクセルを踏む時には、すでにエンジンが始動していますから、たいへん自然な感覚で扱えます。

 スマートアイドリングストップシステムは、エンジン本体にほとんど手を加えることなく、センサ類の追加とエンジン制御用コンピュータの対応によって自然なアイドリングストップを実現できる点が画期的です。また、セルモータを回さずにエンジンが始動できますから、再始動時にモータの動作音や振動を感じることもなく、非常に自然な感じで運転できる点も見逃せないメリットで、市販車への採用が待ち遠しい技術のひとつと評価できます。



著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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