テクノ雑学

第52回 自動車事故を「単なる事故」で終わらせない! −ドライブレコーダー −

実は……という話になりますが、半年ほど前、もらい事故でクルマが全損になってしまいました。
 不幸中の幸いだったのは、事故の相手が誠実な人物だったことです。事故発生に関して全面的に自分に非があることを認め、事故状況についても正直に証言してくれました。運悪く、事故の瞬間の目撃者がいなかったので、もし相手がタチの悪い人物で、偽証などを行なったとしたら、膨大な時間と労力を注ぎ込んだとしても、偽証をくつがえせるかどうか……と考えると、ゾッとさせられます。

事故原因を調査するために −フライトレコーダーの誕生−

 悲しいことではありますが、交通事故に関してお互いに「お前が悪い!」と罵り合うような紛争ごとが、日本全国で相当の数、起こっている現実があります。己の非を認めない不心得者のために、裁判等で貴重な公的コストや時間、そしてマンパワーが浪費されるのは、なんとも不毛な事態です。
 そのような事態を避け、交通事故による紛争の早期解決を実現する切り札として、最近注目を集めているのが「ドライブレコーダー」と呼ばれる装置です。

 ドライブレコーダーの原点は、通称で「ブラックボックス」とも呼ばれる「フライトレコーダー」にあります。
 船舶、馬車、自動車などなど、いわゆる「乗物」が誕生し、発達してゆくことで、文明生活はどんどん豊かになってきました。そして、それらはある時点から蒸気機関や内燃機関など、自然の摂理の範囲を越えた“力”を獲得し、その移動能力を飛躍的に高めてゆきます。

 しかし、その“力”は諸刃の剣でもありました。あまりに大きなものであるゆえ、制御することが難しく、また乗物自体の未熟さもあって、幾多の事故によって尊い人命が失われ続けて来ました。“代償”の一言で済ませるには、あまりに重い事柄です。

 特にその傾向が顕著なのが航空機です。「飛行」という、人類20万年の夢を実現してくれた航空機ではありますが、その性能が向上し、高々度を飛行できるようになればなるほど、いったん事故が起こってしまうと、生存者ゼロという事態に至りがちです。

 事故によって失われてしまった人命は、二度と元に戻すことはできません。せめて、その「死」を「無駄」なものにしないため、残された立場の人々ができることは、不幸にして起こってしまった事故を、「単なる事故」で終わらせないため、事故原因を徹底的に究明し、二度と同じような事故を繰り返さないために努力することだけです。

 しかし、航空機事故についてはむしろ生存者がいるほうがまれですから、墜落に至った原因に関する証言が得られなくなってしまいます。もうひとつ、原因究明の大きな手がかりとなる機体も、墜落のショックによって四散してしまいがちですから、損傷の度合いから墜落の原因を推察することが難しく、これも事故原因を究明する上で大きなネックとなります。

 そこで考案されたのが、墜落事故発生時に、機内と機体にいったい何が起こっていたのか? を常に記録し続けておく装置です。また、その装置は、墜落のショックに耐え、たとえ海中に墜落した場合でも破損せず、回収可能であることも要求されます。そのような発想をカタチにしたものがフライトレコーダー、というわけです。

ドライブレコーダーのしくみ

 フライトレコーダーは、操縦室内部での会話や、管制塔との交信を常に録音し続ける「コクピットボイスレコーダー」と、飛行速度、風向きや風速、各操縦系統の動作、機体にかかっている力、といった情報を記録し続ける「フライトデータレコーダー」から構成されます。また、最近の旅客機では、客室用のボイスレコーダーを備える機体も増えています。

 残念ながら事故が発生してしまった場合でも、事故現場からこれらのレコーダーを回収できれば、その時、機体と機内で何が起こっていたかを解析できるため、事故原因を究明でき、要改善点が把握できれば、犠牲者の生命を「無駄」にせずにすむ可能性が高まります。

 ドライブレコーダーも、基本的な設計思想は同じと言っていいでしょう。
 交通事故の当事者が死亡してしまったり、事故発生の瞬間を目撃している第三者が存在しないといった場合はもとより、当事者同士は嘘を言っているつもりはなくても、細部に渡った正確な記憶はない……といった場合でも、冒頭に述べた不毛な事態が起こりがちです。そのような事態を避けるため、クルマが走行中に前方の画像(映像)を常に記録し続けておくことで、万一の事故の際、いったい何が起こったのか? 過失責任割合はどちらが重いのか? といった「証拠」を保全することが目的です。

 フライトレコーダーに比べれば、ドライブレコーダーの構造は簡単なものです。基本的には小型CCDカメラ、速度パルス受信部、加速度センサ、記憶媒体によって構成されます。

 ドライブレコーダーの動作行程を、最新型の機種を例にあげて説明しましょう。

 クルマのエンジンがかかると同時に、ドライブレコーダーは動作を始めます。システム上に固有のオン/オフスイッチの類は持ちません。装置の性格上、運転者の任意で動作を左右されては意味がないからです。

 クルマが走行している間、CCDカメラは常にテレビと同等の1秒あたり30コマ(フレーム)の画像を撮影します。画像は20秒分、画像枚数にして600コマ分を、いつでも記憶媒体へ保存し続けるようにメモリ上でキープし続けられています。600コマ分がフルに記録されたら、最初のコマの画像は破棄される……というカタチで、常に「最新の20秒分」を保存し続けられるようにしているところがミソなのです。

 急ブレーキや回避動作、そして追突などによって、装置内部のセンサが設定値以上の加速度(衝撃)を感知すると、ドライブレコーダーはそれまで記録し続けて来た画像を15秒分、衝撃を感知して以降の画像を5秒分、記憶媒体へ保存します。つまり、事故に至る過程が20秒/600コマ分、「証拠」として保存されるわけです。

 映像は嘘をつきませんから、事故過失割合などを決める際、この映像を参考にすれば、客観的に納得のいく裁定が下せます。事故車に何が起こったのかが把握しやすい状態とも言えます。

ドライブレコーダーの意外な効果

 ドライブレコーダーには副次的な、意外な効果もあります。国土交通省の調査によると、ドライブレコーダーを搭載したタクシーは、事故発生率が平均で2割も低減できたそうです。ドライブレコーダーを搭載していることをドライバーが意識することで、安全運転への意識が向上することがその原因と推測されています。

 また、事故には至らなかったもののレコーダーが記録したケースの映像は、貴重なかつ生きたデータとして、安全運転教育などにも役立ちます。

 ドライブレコーダーは、現時点ではおもにタクシーやバスなどの業務用車両を中心に徐々に普及しつつある段階です。しかし、おそらくはそう遠くないうちに、カーナビのオプション扱い等として、一般車両にもより容易に搭載されるようになる、と予言しておきましょう。

またその際には、事故発生時に警察や医療機関へ、GPSによる位置情報とともに事故を通報し、自動的かつ迅速な救護活動を支援する、といった機能も盛り込まれることは必至でしょう。

資料提供:財団法人日本自動車研究所


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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