テクノ雑学

第42回 ヨコのものをタテにして−「垂直磁気記録」が記録密度を向上させる理由−

「垂直磁気記録」が記録密度を向上させる理由

ヨコのものをタテにして −「垂直磁気記録」が記録密度を向上させる理由−

 時間の問題とは言われていたものの、とうとうハードディスクドライブ(以下HDDと略)内蔵の携帯電話端末が登場しました。auの「MUSIC-HDD W41T」です。

 MUSIC-HDD W41Tが内蔵するHDDは、ディスクの直径が約2.2センチで、5円硬貨とほぼ同じというコンパクトサイズながら、その記録容量は4ギガバイト。1曲あたりのファイルサイズを1.5メガバイトと仮定すると、約2000曲も保存できる計算になります。また、MUSIC-HDD W41Tの内蔵カメラは323万画素というケータイではトップクラスのCCDを搭載していますが、その実力を活かした高解像度の写真や動画もどんどん保存できますね。

 MUSIC-HDD W41Tを皮切りに、今後登場する高機能型ケータイでは、HDD内蔵が当然のこととなっていくのは必至です。HDDのサイズを小さくしながら、その容量をいかに大きくするか? についての競争も激しくなっていくでしょう。
 今回は、そのような流れの中で注目されている技術「垂直磁気記録」の概要について説明したいと思います。
 

■ 記録密度は、もはや限界?

 HDDの性能を高めるポイントが、「ディスク1枚あたりの記録密度」にあることは、以前(テクの雑学 第4回)に説明しました。記録密度が高まれば、同じサイズのディスク1枚あたりに記録できる容量が増えるだけではなく、データの読み取り/書き込みに要する時間も短くて済むようになります。
 記録密度を高めるための手法として、従来はおもにディスク表面に形成される磁気記録材料の構造を改善してきました。長い歴史の中で、幾度か「高密度化はもう限界…」と言われながらも、その度に技術的なブレイクスルーが起こり、現在では3.5インチHDDでディスク1枚あたり133ギガバイトという、超々高密度化が実現されるに至っています。

垂直磁気記録方式とは?
垂直磁気記録方式とは?


 しかし、数年前から「今度こそ本当に限界が見えて来た」との見解が主流になってきました。
 従来のHDDの記録方式は「面内磁気記録」方式と呼ばれています。磁気ヘッドが生み出す磁界が、ディスクの水平方向に働き、磁気記録材料の極性をS極→N極、もしくはN極→S極と切り替えることでデータを記録します。ディスクの記録密度を高めてゆくと、当然、最小記録単位となる「磁区」の面積がどんどん小さくなっていくわけですが、それが一定の範囲より小さくなると「熱ゆらぎ」と呼ばれる現象が起こり、常温下では記録磁界が維持できなくなってしまうのです。
 ちなみに、面内記録方式では3.5インチディスクで200ギガビット/平方インチ程度が記録密度の物理的限界と言われています。しかし、現行の製品ではすでに130ギガビット/平方インチというレベルに達しています。物理的限界までにはまだ余裕があるように思えるかもしれませんが、1年で50%以上という最近の高密度化ペースから考えると、2世代後あたりには到達してしまいかねないのです。

 そこで公案されたのが、ディスクの垂直方向に磁界をかけることで、S極とN極を垂直方向に切り替える「垂直磁気記録」方式です。これなら磁区のサイズは垂直方向に確保できますから、熱ゆらぎの悪影響を排除しやすくなります。また、同じ面積あたりにより多くの磁区を収められるため、記録密度の限界も400〜500ギガビット/平方インチ程度まで高められると見られています。

 ちなみに、MUSIC-HDD W41T内蔵のHDDは、まだ面内記録方式のものです。しかし、すでに同サイズの垂直記録方式HDDが発表されていて、こちらは容量10ギガバイトとなっています。

■ ディスク側だけでは解決できない問題

 さて、HDDの性能向上のカギがディスクの高記録密度化にあることは確かなのですが、記録密度さえ高めれば自然に性能が向上するわけではありません。記録密度が高いということは、ディスクの回転数が同じなら、読み出し/書き込みともに、より短い時間で行なわなければならないわけです。
 また、記録密度化が高まれば高まるほど、隣接する磁区同士の間で干渉が起こりやすくなり、ヘッドが読み書きする磁気信号の品質が劣化しやすくなってしまうので、その対策も必要になってきます。
 そこで重要になってくるのが、ディスクにデータを読み書きする磁気ヘッドと、HDD全体を制御する回路の高性能化です。ディスク、ヘッド、回路のすべてのバランス良い高性能化が、HDDの高性能化を実現する条件なのです。

 垂直記録方式HDDの真価を発揮させる上で注目されているのが、読み出し用に「TMR(tunneling magnetoresistive)素子」を使い、書き込み用に「PMR(perpendicular magnetic recording)素子」を使った磁気ヘッドです。
 TMR素子は、絶縁層を挟んだ2層の磁性層の間で流れる「トンネル電流」がポイントです。素子の磁性層の磁化状態により、トンネル電流は大きさが変化し、その時の抵抗の変化する割合が、現在のHDD用磁気ヘッドで主流の「GMR素子」と比較して数倍大きいので、微弱な信号も読み出すことができるのです。また、垂直記録方式に必要なCPP型(current perpendicular to plane)構造を実現しやすいのも特徴です。
 

TMR素子の断面構造

 パソコンにHDDが内蔵されることが「当然」となったのは、今から15年ほど前の話です。高速・大容量な記録メディアであるHDDを得て以降、パソコン用OSはGUI化が促進され、どんどん使いやすく、また便利になったことで、普及に大きな加速度が付きました。また、動画のノンリニア編集など、HDD以外では成立しえない用途もこなせるようになったことで、パソコンの用途自体もどんどん広がっています。
 ホームビデオレコーダーの分野でも、HDDの内蔵が本格普及の起爆剤になったことは記憶に新しいところです。
 このように、 HDDは今後のデジタル社会を成立させるために必要不可欠なデバイスであるだけでなく、それを機器した機器自体のあり方や使われ方まで大きく変えてしまうパワーを秘めたデバイスでもあるのです。

 垂直磁気記録+TMRヘッドの採用によって、さらなる小型&大容量化が進めば、今までHDDが使われていなかった分野でも用いられることになるはずです。例えば、ムービーカメラの分野。記録メディアを磁気テープ→光学ディスクとを進化させてきたこの分野でも、次世代の記録メディアは内蔵、もしくは着脱式HDDにが主流になることは必至です。
 いよいよHDDを手に入れたケータイも、今まで想像もつかなかったような用途へ進出する可能性が高いはずです。ひょっとすると、10年後あたりには現在のようなカタチの「パソコン」を駆逐してしまい、個人用情報機器として唯一無二の存在となっているかもしれません。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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