テクノ雑学
第36回 小さな窓から大きな絵を出す— ケータイ電話の新機能、フルブラウザとは? —
ケータイ電話の新機能、フルブラウザとは?
小さな窓から大きな絵を出す — ケータイ電話の新機能、フルブラウザとは? —
最近、「フルブラウザケータイ」という言葉を耳にする機会が増えてきました。今回はその概要について解説しますので、ケータイの機種変更の時など参考にしていただければと思います。
一般的に「ブラウザ」と呼ばれているものは、正確には「Webブラウザ」と呼びます。インターネット上に構築されているWWWシステムと、その上で公開するデータの標準形式である「HTML(ハイパーテキスト・マークアップ・ランゲッジ)」を表示するためのソフトウエアのことです。
WWWブラウザの歴史を簡単に振り返ってみましょう。現在のWWWのカタチを提唱したのは、イギリス出身の物理学者ティム・バーナーズ・リー氏です。CERN(ヨーロッパ素粒子物理学研究所)に所属していた1989年に「グローバル・ハイパーテキスト・プロジェクト」としてWWW、HTMLなどの概念を提唱し、1990年には最初のハイパーテキスト・ブラウザとなる、その名も「Worldwide Web」を公開しました。
1993年には、イリノイ大学のNCSA(国立スーパーコンピュータ応用研究所)に所属していたマーク・アンドリーセン氏、エリック・ビナ氏などが「NCSA Mosaic」というブラウザを公開、使い勝手の良さで評判を呼びます。同時期にインターネットの商用利用が解禁されたことで、一般ユーザー向けパソコンでもWWWブラウザの需要が高まり、その後アンドリーセン氏が設立したネットスケープ・コミュニケーションズが、WindowsやMacintosh上でも手軽に使えるブラウザ「ネットスケープ・ナビゲーター」をリリースしたことで、世界的なインターネットブームが起こります。
その後、技術の進化によって各種の小型情報端末が登場すると、それらの機器からもWeb閲覧やメールの送受信をしたい、という欲求が高まります。特に日本では、シャープの「ザウルス」など新世代の高機能PDAがヒットしたこと、サブノートPCの登場、またケータイやPHSが爆発的に普及したことによって、それらを組み合わせてインターネットへ接続する各種の試みが展開されてきました。
その決定版として1999年2月に登場したのが、NTTドコモのケータイから直接インターネットへアクセスでき、Web閲覧やメール送受信だけでなく、着メロや画像のダウンロードや銀行の各種のオンラインサービスも利用できる「iモード」です。直後の4月には、DDIセルラーグループ(現au)も「EZweb」として同様のサービスを開始しました。
ただし、もともとパソコンやワークステーションなどで使うことを前提に開発されたWebブラウザやメールソフトを、そのままケータイに流用することはできません。まずOSが違いますし、ケータイが搭載するOS向けに移植したとしても、CPUの処理速度や搭載するメモリーの容量、画面のサイズや表示可能な色数などが、パソコンと比べてあまりに貧弱すぎます。また、ケータイはパソコンのようにマウスやキーボードを持ちませんから、操作系も新たに作り直す必要があります。さらに第2世代ケータイまでは通信速度が最大でも9.6k〜28.8kbpsと低速でしたから、画像などを多用したWebページをそのまま表示しようとすると、データを受信し終わるまでに非常に長い時間がかかってしまうことになります。
そこでiモードやEZWebの対応端末は、独自に開発したWebブラウザを搭載します。それらのブラウザは、対応するHTML自体に制限を設けました。iモードは「コンパクトHTML」をベースに拡張したもので、EZWebはHDML(ハンドヘルド・デバイス・マークアップ・ランゲッジ)を採用しています。
コンパクトHTMLもHDMLも、PDAなどのいわゆるモバイル機器で快適にWebを利用することを目的に定義された仕様となっています。HTMLでは「タグ」というコマンドによってさまざまな機能を実現しますが、画面サイズや通信速度に対して不適切と思われるタグを廃止したり、タグ自体も簡略化して表記できるようにしたり、逆に独自のタグ(例えば、電話番号へリンクする「telタグ」など)を追加しています。また、処理速度を稼ぐため、対応する文字コードや画像データの形式を制限したり、といった具合です。
そうやってWebページの表示に対応してきたケータイですが、パソコンでのWebブラウズに慣れていると、さまざまな面で不自由を感じることも多いものです。例えば出先で何か検索しようと思って、検索エンジンの類を使っても、表示されるのはケータイ向けサイトだけで必要な情報にアクセスできなかったりします。また、検索されたサイトへアクセスしても、ブラウザが対応できない機能を使っているためにエラー表示になってしまうこともあります。
いわゆる3Gケータイになって以降、ケータイのハード面もかなりの進化を遂げました。そこで、どうにかしてパソコン用ブラウザと同じように表示できないか?との試みから生まれたのが「フルブラウザ機能」付きのケータイ、というわけです。ちなみに「フルブラウザ」はNTTドコモの呼称で、auの場合は「PCサイトビューアー」と呼んでいます。
現状で「フルブラウザ」機能を実現するには、2種類のアプローチがあります。まず、ケータイ自体に最初からフルブラウザ機能を組み込んでいるものです。最初の組込型フルブラウザケータイは、2004年にDDIポケット(現ウィルコム)が発売したPHS端末の「AH-K3001V」で、現在ではau、ボーダフォン、そして今年になってからNTTドコモからも組込型フルブラウザケータイが発売されています。組み込まれるブラウザには、株式会社ACCESSの「NetFront」、ノルウェーのOpera Software社製「Opera」などがあります。
組込型フルブラウザケータイのメリットは、動作の安定性や、端末ごとにカスタマイズされることによる操作性の最適化などです。逆にデメリットは、現段階ではブラウザのバージョンアップが不可ということです。技術的には書き換えは可能なのですが、通信でバージョンアップすることはできないので、バージョンアップした途端に多くのユーザーがショップに押し寄せて…といった事態になりかねません。
もうひとつのアプローチは、JAVAやBREWのアプリケーションとしてケータイにインストールして使う方法です。このためのブラウザには、有限会社ユビキタスエンターテインメントの「サイトスニーカー」、 株式会社jig.jpの「jigブラウザ」、株式会社プログラマーズファクトリの「Scope」などがあります。これらの「アプリ型フルブラウザ」なら、バージョンアップは簡単にできますし、用途に応じて複数のブラウザを使い分けるといったことも可能になります。
アプリ型フルブラウザの特徴は、専用のプロキシサーバーを経由してWebサーバへアクセスすることです。セキュリティ面の配慮から、ケータイで実行可能なJAVAアプリケーションは、ダウンロードしたサーバにしかアクセスできません。しかし、アプリ型フルブラウザはその仕様上の制限を上手に利用し、文字コードの変換処理といった前処理をあらかじめプロキシサーバーで行なってからケータイへ転送しているのです。この仕組みのおかげで、基本的にすべての処理をケータイのCPUが処理する組込型フルブラウザケータイに比べると、総じて快適なWebブラウジングを可能としています。
今後登場する新型ケータイは、フルブラウザ組込型が主流となって行くことは確実ですが、現時点ではちょっと注意しておかなくてはならない点があります。フルブラウザを通じてアクセスした分のパケット料金は別に加算されてしまうことです。
各ケータイキャリアは、ネット接続に使うパケット通信料の上限を定めた料金コースを設定していますが、ウイルコムのPHSを除いて、フルブラウザを使っての通信は別建てとなっています。auの場合、従来のブラウザを使うEZwebとメールだけなら上限額は税込4410円ですが、フルブラウザを使うと税込5985円になります。NTTドコモの場合は、さらに注意が必要で、組込型フルブラウザで通信した分は完全に従量課金になってしまうのです。
NTTドコモの場合でも、アプリ型フルブラウザを使う場合はパケット定額制の料金が適用されますが、アプリ型の場合はプロキシサーバーの使用料金が必要になる場合があります。例えばjigブラウザの場合は630円/月もしくは6000円/年といった具合です。
実は筆者も先月、パケット料金でたいへんな目に遭ったばかりなのですが、フルブラウザケータイを利用する場合は、そのような特徴を理解した上、くれぐれも「パケ死」などしないように気をつけていただきたいものです。
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)
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