テクノ雑学

第31回 電車の中でも高速通信 − TX(つくばエクスプレス)に見る近未来のモバイル環境

TX(つくばエクスプレス)に見る近未来のモバイル環境

 移動時間の合間に、ノートパソコンを取り出してメールチェック。駅やお店では「ホットスポット」で高速な無線LANを使えるところが増えていますが、走行中の電車内からのインターネット接続は、携帯電話を使った低速度の接続を使うしかありませんでした。

 「電車の中でも無線LANが使えれば、時間がもっと有効活用できるのに」そんな願いにこたえるのが、今年8月24日に開業した「つくばエクスプレス」。開業と同時に、2006年3月までの予定で、無線LANサービスの実験を開始しました。1編成、秋葉原〜北千住間のみでの運用からスタートする実験ですが、無料モニターをインターネットで募集したところ、受付開始からわずか2時間で予定の300名の応募枠は埋まってしまうという大人気。あまりの評判に、急遽予定人数を超えたIDの発行を決めています。今回の「テクの雑学」では、つくばエクスプレスで提供される列車内無線LANの仕組みをみてみましょう。

走行中の電車から通信する仕組み

 無線LANは、ノートパソコンに接続した端末(ネットワークカードを装着したパソコンなど)と、アクセスポイントが通信することで、ネットワーク接続が確立します。端末が移動して、アクセスポイントとの通信が途切れてしまうと、そこでネットワーク接続も切断されます。もし、端末が高速で移動する電車内にいると、地上にあるアクセスポイントとの接続は電車の移動に伴って電波が届かなくなり切れてしまうため、通信が十分な時間継続できないのです。

走行中の列車から通信できる仕組み

【 上記イラストの出典ならびに関連情報リンク 】

■エヌ・ティ・ティ・ブロードバンドプラットフォーム株式会社
(無線LAN倶楽部 > 駅構内公衆無線LANシステム構成図)


 つくばエクスプレスの列車内無線LANサービスでは、アクセスポイントを車両内に複数設置しています。利用者のパソコンは、車両内のアクセスポイントと通信します。アクセスポイントが車内にあるので、電車が動いてもパソコンとアクセスポイントの間の通信が途切れることはありません。

 アクセスポイントからインターネットへの接続も無線LANを利用しています。こちらは、電車の前後に設置したアンテナと、駅に設置したアクセスポイントを無線で接続しています。遠隔地の通信用に開発された、数km〜数十kmの到達距離がある無線LAN機器を使用しているので、電車が動いても通信が途切れず、ネットワーク接続を続けることができます。駅に設置したアクセスポイントは光ファイバーでIDC(インターネットデータセンター)を経由してインターネットに接続されています。

キーとなる3つの技術

 列車内無線LANシステムのキーとなる技術は3つあります。

MIMO(Multi-Input Multi-Output)
 送信側と受信側にそれぞれ複数のアンテナを使うことで、高速で信頼性の高い通信を行う技術です。
 

Mobile IP
 インターネットで利用しているTCP/IPというプロトコル(通信手順)では、「IPアドレス」という数字で通信相手を特定し、接続を確立します。Mobile IPは、移動にともなって物理的な接続先が変わっても、同じIPアドレスで通信を続けられる技術です。

キーとなる3つの技術


 Mobile IP技術を分かりやすく言い換えると「データ転送の仕組み」です。移動端末の位置情報を管理するコンピューター(ホームエージェント)が、移動端末から送られるデータを代理受信して接続先に転送します。接続先から移動中の端末に送られるデータも、ホームエージェントが代理受信して端末に転送します。

 実際のホームエージェントから移動中の端末へのデータ転送は、移動中の端末が接続しているネットワークを管理するフォーリンエージェントを経由して行います。刻々と変化する多数の移動端末の位置情報をホームエージェントが直接管理するのは困難なので、フォーリンエージェントを利用した階層構造で位置管理とデータの転送を行っています。

ハンドオーバー技術
 通信先のアクセスポイントを途切れることなく切り替える技術です。移動しながら携帯電話で途切れず通話できるのと、原理は同じです。

 通常、移動体通信のアクセスポイントは、サービスエリア内であれば1つの場所から複数のアクセスポイントと通信できるように設置されています。移動端末は、その中から電波の強いアクセスポイントを一つ選んで通信することで、安定して高速な通信ができます。

 端末の移動にともない、それぞれのアクセスポイントから受信できる電波の強度も変わります。その時々で一番電波の強いアクセスポイントに通信先を切り替えていくことで、移動しながら通信を継続することができます。アクセスポイントの切替時には、端末の認証などの手続きが必要ですが、これに時間がかかると通信が途切れてしまいます。認証順序を変えるなどの工夫で、ハンドオーバーの高速化がはかられています。

 また、つくばエクスプレスでは、駅構内にもアクセスポイントを設置して無線LANが利用できるようになっています。開業当初は秋葉原駅、新御徒町駅、浅草駅、南千住駅、北千住駅、青井駅、六町駅、柏の葉キャンパス駅、つくば駅 の9駅でのサービスですが、順次残りの11駅でも利用できるようになります。将来的には、列車内無線LANサービスが行われている区間では、電車の到着前に駅のホームでインターネットに接続し、そのまま車内にパソコンを持ち込んでインターネットを利用することも可能にする計画があります。

 つくばエクスプレスでは、実験期間中に、サービス区間を全線に拡張し、無線LAN対応の編成も増やして、実験終了後は有料の接続サービスとして展開していく予定です。また、他の鉄道各線にも、サービスの提供を検討しています。

 列車内無線LANの技術が確立することで、公共交通機関内でのインターネット利用の可能性が大きく広がります。通勤通学や移動の時間の過ごし方が、がらっと変わる可能性を秘めた技術です。


著者プロフィール:板垣 朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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