テクノ雑学

第30回 浮かせて押して引っ張って…… — 夢と現実の、リニアモーターカー —

夢と現実の、リニアモーターカー

浮かせて押して引っ張って…… — 夢と現実の、リニアモーターカー —

 「リニアモーターカー」という言葉は、ほとんどの方がご存じだろうと思います。では、その言葉を耳にして、とっさに連想するのはどんなものでしょう?

 筆者の場合は、「磁力で浮上しながら走り、最高速度は500km/hオーバー、東京—大阪間を1時間で結ぶ次世代の新幹線」です。日本国内で、当時の国鉄(現JR)がリニアモーターカーの研究・開発を始めたのが1962年で、浮上実験に成功したのが1972年。その前後を通じて夢一杯に語られ続けて来たリニアモーターカーは、多くの日本人にとって「未来」や「ハイテク」、そして「日本の技術力」のシンボルのひとつであったと思います。
 ところが、きっと筆者が大人になる頃には実現しているだろうと思っていたリニアモーターカーは、その後時々思い出したように「実験線で試作機が速度記録を更新!」といったニュースが流れ、各種の博覧会場などでデモ走行は行なうものの、21世紀を迎えてもいっこうに実用化されません。電子制御全盛の時代になってもなお、技術的困難が多いのか…などとと思っていたら、2003年12月29日に中国で「上海トランスラピッド」と命名されたリニアモーターカーが、世界初の営業運転を開始してしまいました。

 上海トランスラピッドは、浦東国際空港と上海市郊外間の約30kmを最高速度430km/h、所要時間8分弱で結ぶという、まさに筆者が子どものころに夢想していた「未来鉄道」としてのリニアモーターカーです。日本でも、遅れること1年半の2005年3月6日には愛知万博会場へのアクセス手段として「愛知高速交通東部丘陵線(通称リニモ)」が営業運転を開始しましたが、こちらは最高速度100km/h。約9kmという短い営業運転距離間に9個もの駅があることを考えればかなり高速とも言えるのですが、「地上のコンコルド」などと言われていたリニアモーターカーとしては、少々インパクトに欠ける印象は否めません……。

 しかし。実は「リニアモーターカー」に分類される交通機関は他にもあり、すでに数年前から営業運転を開始しているのです。具体的には、大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線や、東京都営地下鉄大江戸線で使われている車両が動力源にリニアモーターを使っていて、これらは「リニアメトロ」と呼ばれています。
 そもそもリニアモーターとは、普通のモーターが電磁力によって回転運動を行うことで動力を生み出すのに対し、直線的な運動で動力を生み出す構造のモーターを指します。そして、これを動力源に使う輸送機関はすべて「リニアモーターカー」に分類できるのです。
 上海トランスラピッドやリニモなどの“いわゆるリニアモーターカー”は、そのうちの「磁気浮上式」、長堀鶴見緑地線や大江戸線などのリニアメトロは「レール接地式/鉄輪式」のリニアモーターカーという分類になります。

電磁石による推進力の作られ方

【 上記イラストの出典ならびに関連情報リンク 】

■出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 磁気浮上式リニアモーターカーは、さらに駆動原理によって「常電導磁気浮上式」と「超伝導磁気浮上式」に分類されます。常電導磁気浮上式は、使用するリニアモーターの構造によって、リニア誘導モーターを使う「HSST方式(日本航空が都心から成田空港への高速なアクセス手段を想定して独自に開発を始めたので『日航方式』とも呼ばれます)」と、リニア同期モーターを使う「トランスラピッド方式」に分類されます。超伝導磁気浮上式はリニア同期モーターを使う、通称「JR方式」です。

 トランスラピッドとHSSTは、浮上と推進のために通常の電磁石である常電導磁石を使います。磁気浮上の仕組みは、T字断面のレール=ガイドウエイを車両底部がはさみ込んでいて、底部の磁石がレール側の磁石と引き合うことで車両全体を浮上させる「吸引式」で、停車中でも車両は浮上しています。
 すでに上海トランスラピッドやリニモ(HSST方式)が営業運転を実現したことからもわかるように、技術的な障壁は小さく、設置コストも比較的低く抑えられるのがメリットです。ただし、磁力が小さく、浮上距離が1cm程度と小さいため、車両とレールの間には小石ひとつ落ちていてはいけませんし、地震などの際には車両と軌道が接触してしまうことによるトラブルが懸念されます。最高速度も500km/h程度が限界と言われています。

【 上記イラストの出典ならびに関連情報リンク 】

■社団法人 日本地下鉄協会


 対してJR方式は、磁気浮上の仕組みを反発式(車両底部とガイドウエイの磁石が反発し合うことで車両全体を浮上させる)としています。磁力の大きい超伝導磁石を使うために浮上距離が10cm程度と大きく、障害物などに対する安全性が高いとされています。現在までに試験されているタイプは、120km/h程度までは車体に搭載した超伝導コイルに発生する誘導電流と、線路に設置した電磁石の間の反発力が車体を支えるほど大きくならないため、車輪で車体を支えて走行するのですが、これも磁石にトラブルが生じた場合に車輪を使って停止できるという安全上のメリットに転じます。
 また、超伝導磁石に流す電圧を上げれば、理論的にはいくらでも高速化できます。現状、実験線でマークしている最高速度は581km/hですが、これは実験線の長さが40km程度しかないことによる制限が大きいようです。

 反面、超伝導磁石は液体ヘリウムによる冷却が必要だったりと高コストになってしまうこと、強い磁力を使うために周囲の環境や人体への影響が懸念されることなどがデメリットとされています。

 方式の違いこそあれ、磁気浮上式リニアモーターカーは「車両と軌道の間の関係全体にリニアモーターの原理を応用して走行する乗物」です。対してリニアメトロは、「従来の回転式モーターの代わりにリニアモーターを搭載した乗物」と考えた方がいいでしょう。

リニアモーターへの展開

【 上記イラストの出典 】

■社団法人 日本地下鉄協会


 リニアモーター自体は、各種の工作機械などですでに運用の実績を重ねています。回転部分がなく、モーター全体を薄い板状としてコンパクト化できるため、同じ敷地面積の中により多くの機械を設置できる、といったメリットがあります。

 リニアメトロの場合も、モーターを薄型化できる→車両が小型化できる→トンネルの断面が小さくできる→建設費が相対的に安くなる、というメリットを目的として採用される例が多いようです。駆動部分の構造をシンプルにできるため、ステアリング機構を組み込んで旋回性能を向上させられる、鉄輪と軌道の間の摩擦力に頼る割合が低下するため急勾配の登坂が可能といった、性能面でのメリットも多くあります。

 しかし、車両を小型化することで乗車定員が少なくなったり、他の鉄道路線との相互乗り入れ運転ができない、といったデメリットもあります。そのため、現在までに導入されている路線は、一日の乗降客数が比較的少なく、かつ他路線との相互乗り入れなども考えなくて済むような、いわば「地域交通」として設定されている例が多いようです。

 リニアメトロは、従来モノレールや「ゆりかもめ」などの新交通システムが果たしていた役割を地下鉄化したもの、と考えるべきかもしれません。地下鉄にすることで、用地買収や高架軌道の設置などの点でコスト面のメリットもあることでしょう。

 夢の未来鉄道としてのリニアモーターカー=磁気浮上式高速新幹線に話を戻しましょう。JR方式のリニアモーターカーは、構想段階ではあるものの、中央新幹線(東京—甲府—名古屋—大阪)での採用が検討されています。しかし、実現の目処はまったく未定です。試算によれば建設コストも従来の新幹線の2割増し程度で収まるので、けっして非現実的な話ではないはずなのですが、先にあげたようなデメリットに加えて、何やら政治面での障害も多々あるようで、実現までにはまだまだ長い時間がかかりそうです。ぜひ、筆者個人が生きている間に体験してみたいものですが、現実的には上海へ出向く機会のほうが先に訪れてしまいそうではあります。



著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2005」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

TDKについて

PickUp Tagsよく見られているタグ

Recommendedこの記事を見た人はこちらも見ています

テクノ雑学

第31回 電車の中でも高速通信 − TX(つくばエクスプレス)に見る近未来のモバイル環境

テクノ雑学

第32回 一次電池・二次電池とは?違いや構造を解説

テクノ雑学

第101回 雨を降らせて晴れを作る -人工降雨の技術-

PickUp Contents

PAGE TOP