テクノ雑学
第14回 読み捨て&書き換え可能な“電子紙”− 電子書籍と電子ペーパー −
読み捨て&書き換え可能な“電子紙”
10年ほど前でしょうか、どこからともなく「ペーパーレス社会」という言葉が囁かれだしました。「今後はみんな何をやるにもパソコンを使い、やりとりもファイルで行なって画面上で確認するので、紙に印刷する必要性がなくなる」式の、未来予測的なニュアンスを込めた言葉です。 ところが、現実はまったく逆の方向に進んでいきました。パソコンが普及するにつれて、紙の消費量は激増してしまったのです。日本でパソコンが普及し始めた当初は、おもな役割が「文書清書機」としての機能だったことで、印刷ミスまで含めてやたらと文書出力の機会が増えてしまったためだと言われています。
ところが、最近になって紙の消費量は低減傾向に入ったと聞きます。一般家庭でもインターネット接続用回線の常時接続が常識化し、ある程度大きな容量のファイルでもネットでやりとりするのが苦にならなくなったこと、CDーRや記録型DVDなどの大容量ストレージメディアの普及・低価格化が進んだこと、大画面ディスプレイ(を持つノートパソコンも)が低価格化したことなどを理由に、情報はファイルでやりとりするスタイルがやっと習慣化してきたのかもしれません。
このような流れは、今後もますます進んで行くことでしょう。ところが、本来はそれに先駆けて普及していてもおかしくはないのに、なぜか普及が進まない不思議なジャンルが「電子書籍」です。 すでに私たちの身の回りには、ケータイやPDAなど、常に持ち歩いて使う携帯端末が日常の風景に溶け込んでいます。それらは当然テキストの表示が可能ですから、文字情報にすぎない書籍を携帯端末用コンテンツとして提供すれば、ペーパーレス社会の実現に大きくはずみがつくことは想像に難くありません。
例えば、幹線道路沿いにある大型書店1店舗あたりが在庫している書籍の数を、仮に2万冊としてみます。書籍の重量は、文庫本や新書で100〜300g程度、ハードカバーの超大作でも1kgそこそこ程度なので、平均で400gと仮定してみましょう。1店舗あたりが在庫する書籍の総重量は、400g×2万冊で8トンになります。現在、全国には3万点程度の書店があると言われています。最近増えつつある超大規模書店から、街の小さな書店までの平均在庫数がどの程度になるのかハッキリしませんが、仮に平均1万冊としても4トン×3万店舗で120万トンもの紙が在庫されていることになります。
もし、すべての書籍を電子化できれば、紙の原料である木材パルプだけでなく、製紙/製本工程で使う薬品や電力、製本した書籍を輸送する際に消費する化石燃料も減ることになりますから、省資源という観点からすると、これはもう膨大な効果が期待できるはずです。
【 関連情報リンク集 】 ■ パピレス ■ 電子文庫パブリ(電子文庫出版社会)
■ 電子書籍ビジネスコンソーシアム
上記各サイトでは、すでにコンテンツのリリースが開始されています。是非、一度ご覧ください。
さて、書籍1冊あたりの情報量は、文字をすべてプレーンなテキストファイルにした場合、250ページ程度の新書で1冊あたり約1MB程度になります。書籍の場合、新書でもハードカバーでも記されている文字量はそう大きくは変わりませんが、中には大著もあるということで少し多めに見積もり、1冊あたり平均1.5MBと仮定してみます。大型書店1店舗が在庫する文字の情報量の合計は、1.5MB×2万で30GB。現在一般に市販されているハードディスクで最も容量が大きい400GBのものを使えば、13店舗分の在庫がすっぽりその中に収まってしまう計算になります。
大きさにしてだいたいタバコの箱3個分、重さが700g程度のハードディスクに、これだけの情報が入ってしまうのですから、写真中心のグラビアページなどを多用する雑誌類はともかくとして、ほとんどが文字情報である書籍はとっとと電子化してしまえばいいと思いませんか?
書籍の電子化には、他にも大きなメリットがあります。印刷/製本費用や在庫を保管しておく倉庫代といったコストがネックとなって再版されない書籍を、非常に低コストで復活させられることです。また、一度電子データ化してしまえば、その後は必要に応じてネットでダウンロード可能としたり、CD-Rなどのメディアに記録して配布すればいいだけですから、非常に低コストでラインアップを維持できます。事実上「絶版」という概念をなくせるかもしれません。
もうひとつ見逃せないメリットは、身体に障碍を持つ人でも書籍を楽しめることです。電子書籍用のビューワーに、音声による読み上げ機能や拡大表示機能を持たせれば、視力その他の問題で書籍を読むことを諦めていた方々も、いつでも好きな時に読書できるようになるわけです。
では、電子書籍が普及しない理由は一体どこにあるのでしょう?著作権の問題や、「書籍の体裁になると、なんとなくありがたく見える」ことの他にも、実はビューワー自体の性能が大きなネックになっているように思えます。
携帯用デバイスが搭載する表示装置の多くは反射型/透過型の液晶ですが、いずれも野外での視認性、サイズが大きくなると比例級数的に高価になってしまう点、消費電力といった点で、紙同様に扱えるには至っていません。何より、人間の眼はまだ発光体であるディスプレイを長時間見つめるようには進化できていないようでもあります。
このような状況のブレークスルーになる可能性を秘めているのが「電子ペーパー」です。これは「自己印字」による書き替えが可能で、本当の紙のように薄く軽量、消費電力も小さく、種類によっては折り曲げることも可能なデジタル表示デバイスの総称として用いられている言葉です。
具体的な構造にはさまざまな方式がありますが、表示原理としては
フィルター層/インク層/ドライバ層/フィルター層のサンドイッチ構造。
インク層には、白と青、2色の液体を収めた「マイクロカプセル」や、上下で2色に塗り分けられた「帯電ビーズ」が敷き詰められている。いずれも、通常は表面を「白」に表現する状態になっている。 ドライバ層は、表示させたい内容に応じてインク層の必要部分にマイナスの電場を与える。すると、マイクロカプセルの場合は「電気泳動」現象によって白い液体の粒子が裏面に引き込まれ、表面には青い液体だけが集まる。これが電子ペーパー上で「黒」として表示される。帯電ビーズの場合も同様に、電荷に応じてビーズが回転し、白と黒を表現する。 といったものです。何やら、鉛筆の粒子が紙の表面に付着し、それを消しゴムで取り去ることと同じような状態が、電子デバイス上で再現されている印象を受けませんか?
コストダウンと形状/サイズの自由化を目的に、ドライバ層をなくし、外部の装置によって書き換えるタイプも考案されています。このタイプは「鉛筆」と「消しゴム」を省いた、まさに「紙」の機能に徹したものですね。また、いずれのタイプであっても、ドライバ層に柔軟な素材を使えば折り畳みも可能になりますから、ますます「紙」に近付きます。
【 関連情報リンク、ならびに情報協力 】
■ ナノエレクトロニクス.jp
電子ペーパーの最大の特徴は、電力を必要とするのは画面書き換え時だけなので、消費電力が非常に少なくて済むことです。乾電池1本程度の電源でも長時間の駆動が可能ですから、電子書籍にはもってこいの表示デバイスと言えます。
表示装置としての質感は、マイクロカプセルや帯電ビーズ自体の着色具合と、表面側フィルターの特性によって設定できます。すでに商品化されているものの中には、本当に紙に印刷したのに近い質感でのテキスト表示を実現している製品も存在します。
電子ペーパーは、携帯用デバイスの表示装置として非常に有望なものです。これを採用した電子書籍ビューワーは、現在4万円前後で市販されていますが、まだ少々高価な感は否めません。そこに最低限のPDA機能を組み込むか、もしくはケータイ機能を一体化させ、2万円台半ば程度で市販される携帯デバイスが登場したならば、それが電子書籍の本格的な普及が始まる時となるのかもしれません。
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ) 1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。 卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。 著書/共著書/監修書 「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版) 「PC自作の鉄則!2005」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)
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