テクノ雑学

第16回 アナタハ イマ ココニ イルノデス。 —宇宙からの存在証明、DGPS—

宇宙からの存在証明、DGPS

人間の生活に「移動」は不可欠な要素です。 そして、安全・確実・円滑な移動を実現するために重要なのが、

今、どこにいるのか?

目的地はどっちの方角なのか?

目的地まで、どの程度の距離があるのか?

という情報です。

 あらかじめ固定された専用の道のり(軌道)上でだけ移動する場合、つまり高速道路などによる移動の場合は、2は分岐点以外では重要ではありませんが、1と3はけっこう重要な要素になります。また、軌道自体を設置する場合には、1〜3の要素すべてが不可欠になります。徒歩や自動車など、自在に動ける手段で移動する場合も同様で、この場合に最も重要になるのは1と言っていいでしょう。

 「今、どこにいるのか?」を判断する方法のひとつが「測位」です。測位には相対的なものと絶対的なものがあります。例えば、1本道を進んでいて「○○(目的地の名前)まで5km」という看板が出ていたら、現在の位置は「○○から5kmのどこか」であることがわかります。これが相対的な測位です。さらに、その道が通っている「地点」と併せて考えると、より正確な位置が判断できます。通常は地図を見ながら「目的地から通行している道を5km戻った地点だから、××のあたりか…」というように判断しますね。この段階ではまだ絶対的な測位とは言えませんが、目的地までの道のりが1本であれば軌道上を移動しているのと同じことになりますから、実用上まったく問題ない程度の精度で現在位置を把握できると言ってもいいでしょう。

 測位のための手法は他にもさまざまにありますが、その究極のカタチは、やはりGPS(Global Positioning System 全地球測位システム)ということになるでしょう。
 GPSによる測位の原理を説明しましょう。GPSに不可欠なものが、高度約2万kmの軌道上を周回している24機のGPS用人工衛星です。GPS用人工衛星は、内部に「原子周波数標準器」、通称「原子時計」を搭載しています。これは原子が持つ固有の共鳴周波数(○回振動すると1秒)を利用した、たいへん高精度な時計で、GPS衛星の場合はセシウム133という元素を使い、1〜10万年に1秒程度のズレしか起こさないという正確さを誇ります。
 GPS衛星は、その時間データを1GHz帯のマイクロ波で地表に向けて送信しています。GPS機器はこの電波の受信機を備えていて、GPS衛星から送信された時刻情報を受信し、受信機自体の時刻情報と比較することで、衛星からの距離を高い精度で算出します。

GPSの仕組み

 しかし、ただ1機のGPS衛星との距離が測定できても、それだけでは地表上の絶対的な位置は判断できません。仮に算出された距離が2万100kmだとした場合、衛星から2万100kmの距離に相当する地点すべてが現在位置の候補になってしまいます。そこで、より正確な位置を算出するため、GPS受信機は4機の衛星と通信を行ないます。

 絶対的な地表上の位置は、3機の衛星との距離が測定できれば判断できます。2機めによって、それぞれの衛星からの距離で判断できる地表の範囲のうち、交わる部分(円形になります)のどこかに受信機があると判断できますね。ここに3機目との距離が加わると、円の周と球面の交差する2点のどちらかに絞られることになります。しかし、2点のうちどちらかは地中や上空などに該当するため、残る1点が現在位置と判断できるわけです。
 では、4機目の衛星は何に使うのでしょうか? 答えは受信機が搭載する時計の補正です。受信機が搭載するクオーツ時計などは、10日〜1ヶ月に1秒程度の誤差が生じる程度の精度しか持っていません。GPS衛星が発信している原子時計ベースの時刻とは比べ物にならないほど誤差が大きいわけです。そこで、すでに3機の衛星との距離によって算出された地表情の緯度/経度情報と、それによって算出できる4機めの衛星との距離との誤差から、受信機が搭載する時計の修正を行なうのです。

 こうして算出された地表上の絶対値は、しかし「緯度/経度情報」でしかありません。山歩き用などを意図して作られたポータブルGPSなどでは、目的地の緯度/経度がわかっていれば、そこへの方角とその距離が表示できれば事足りますが、カーナビゲーション・システム(以下カーナビと略)や歩行者コンパニオン用システムとして使うためには、地図データとの連携が不可欠になります。カーナビの場合は、CDやDVDに収録したデジタル地図上に現在位置を表示することで、現在位置や今後進むべき方向を理解者しやすくすると同時に、周囲にある施設や店舗などをランドマークとして表示することで、より便利に使えるように工夫されています。

 さて、GPSはもともとは米国の軍事用技術として実用化された技術で、航空機や船舶の航行支援、ミサイル着弾点の精度向上といった目的に用いられていました。しかし東西の冷戦構造が終焉を迎えたことで、1980年代末になって民間にも開放されました。
 ただし、民間用に開放されているGPSデータはSPS(Standard Positioning System 標準測位サービス)と呼ばれるもので、軍事上の理由から故意に精度を落としてあります。そのため、最大で30〜50m程度の誤差が生じることが珍しくありません。また、GPS衛星からの電波が受信できない場所では、測位もなにもできなくなってしまうわけです。

 カーナビの場合はGPSデータだけでなく、クルマ自体に組み込まれた「自律航法用センサー」が算出する位置データ、またマップマッチングと呼ばれる手法(現在位置が地図データ上の「道」から外れている場合、それまでの軌跡データと照合して判断し、通行しているであろう「道」の上に現在位置を合わせる)などと連携することで、より高精度な測位を行なっていますが、それでも正確な測位ができなくなってしまう状況はありえます。

D−GPSの仕組み


 そこで考案されたのが、地表上にある特定の固定ポイントを利用することです。固定ポイントの緯度/経度は正確にわかっている上に変更されません。つまり、その地点の緯度/経度情報をGPS機器の利用者に無線などで伝えられれば、GPS機器の現在位置の誤差がかなりの精度で修正できるわけです。いわば3機め、4機めのGPS衛星の役割を代用させるようなものと考えていいでしょう。

 この仕組みをDGPS(Differential GPS)と呼び、すでにFM多重波放送などによって一般に提供されています。ケータイやPHSの場合は、通信のために使う基地局の位置情報がそのままDGPSに使えますし、さらに複数の基地局との間の通信によって非常に高い精度の測位を可能としています。

 GPSによる測位データを、第三者が利用できれば、対象となるヒトやモノの位置を常に把握できることになります。正規に利用されれば、業務用車両の運行支援や盗難防止、子どもやお年寄り、ペットなどの迷子や犯罪被害予防のためのシステムなどに活用できるわけですが、例えば数年前にはダンナのクルマにこっそりGPS機能付きのPHSを仕掛けて浮気の現場を押さえた…といった話もありました。

 このように、GPSは使い方を間違えると「監視社会」を一気に推し進めてしまう危険性を内包しています。一般に便利な仕組みは、悪用する輩にとっても便利に使えるもの。利用者は、常にそういったリスクを意識しながら付き合って行く必要があるのです。

著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2005」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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