電気と磁気の?館

No.76 スマートハウスのパワーコンディショナとフェライト

省エネの発想から蒸気機関を改良したワット

「必要は発明の母(Necessity is the mother of invention.)」といいます。これは、産業革命期のイギリスの作家スウィフトの『ガリバー旅行記』に載っている言葉が格言となったものです。

ヨーロッパの後進国であったイギリスを先進工業国へと発展させたのは製鉄技術ですが、燃料として木炭を使っていたため森林の乱伐が進み、ついには燃料不足に見舞われました。そこで、18世紀のダービー父子によって開発されたのが、木炭にかわりにコークス(石炭を乾留して得られる固形燃料)を利用する製鉄技術です。ところが、石炭の需要が高まり、地下深くまで掘り進むようになると、坑内の出水問題の対策が迫られるようになりました。

そのソリューションとして考案されたのが、ニューコメンの蒸気機関です(1712年)。シリンダにボイラから蒸気を送ってピストンを押し上げ、続いてシリンダを冷やすと水蒸気が凝結してピストンを押し下げます。この往復運動を利用して坑内に溜まった水を汲み出したのです。ただ、ニューコメンの蒸気機関は大量の石炭を消費して、きわめて燃費が悪いのが欠点で、これに画期的な改良を加えたのがワットです。ワットは、水蒸気を送り込んだシリンダを冷却するところに非効率の原因があることを見抜き、水蒸気を凝結させる復水器を別に設けた装置を考案しました(1765年)。これによって、石炭の使用量は4分の1、燃費はいっきに4倍も向上しました。

天秤のような往復運動であったニューコメン機関を、クランクを取り付けて回転運動に変えたのもワットのアイデア。ここから、初の自動車である蒸気自動車や蒸気機関車などが発明され、また蒸気機関は産業革命を牽引する動力機として広く活躍することになりました。

実用的な蒸気機関の発明者はニューコメンでしたが、ワットのほうが広く知られるようになったのは、仕事率(power)という観点からニューコメン機関を見直し、その改良に成功したからです。仕事率の単位W(ワット)は、彼の業績にちなんだものです。省エネ・省電力が求められる今日においては“効率”もまた発明の母。とくにパワーエレクトロニクス機器においては、効率の追求は重要課題です。 

ワットによるニューコメンの蒸気機関の改良

効率的なモータ駆動を実現するインバータ制御

今日の動力機の主流はモータです。日本における国内総消費電力の6割近くは、産業用や家電用などのモータで占められていて、モータの効率が1%向上しただけでも、社会全体で大幅な省電力化やCO2削減をもたらします。

産業用モータの多くに誘導モータが使われています。構造がシンプルなため、メンテナンスも容易で、安価で長寿命を特長とするからです。ただ、誘導モータの回転速度は商用交流の周波数によって決まり、一定回転しか得られないのが短所。この問題を解決して、省エネにも貢献しているのがインバータ制御によるモータドライブです。

インバータは、商用交流をいったん直流に変換するコンバータ部と、コンバータから送られる直流を交流に変換するインバータ部からなる電源装置。インバータ部でつくられる交流の周波数を可変にすることで、モータの回転速度を変えることができます。

インバータはエアコンなどの家電機器なども利用されています。モータが一定回転しかできなかった従来のエアコンでは、冷房までに時間がかかったり、運転が始まると冷えすぎたりといった問題がありました。また、モータの運転、停止の繰り返しは、ムダなエネルギーを消費することになります。こうした問題をクリアしたのがインバータエアコン。周波数制御により、始動時はモータの高速回転によるハイパワー運転でいっきに室内を冷やし、適温になったあとは周波数を下げてモータの回転数を落として省エネ運転します。

インバータの周波数変換は、半導体素子のスイッチングによって実行されます。ただ、電圧が一定のまま周波数を下げると、モータに流れる電流が増加して、モータを破損させてしまうため、電圧(V)と周波数(f)が一定になるように制御されます。これをV/f制御といいます。つまり、周波数を高くすると電圧も高くなり、周波数を低くすると電圧も低くなります。消費電力は電圧と電流の積なので、流れる電流が同じなら、周波数が低いほど低消費電力になり、省エネ運転が実現するのです。

国内電力消費の内訳 誘導モータのインバータ制御 インバータエアコンによる室温変化

パワーコンディショナのリアクタ用に最適なフェライトコア

インバータは太陽光発電などを利用したスマートハウスのパワーコンディショナにも不可欠な装置です。太陽電池パネルで発電されるのは直流電力であるため、そのままでは家電機器に使えません。このため、直流電力を商用交流に変換する装置が必要となります。これがパワーコンディショナです。

パワーコンディショナは、太陽電池パネルの直流電圧を昇圧するコンバータ部(昇圧チョッパ)と、そこから交流に変換するインバータ部からなります。このインバータ部では、交流のリップル(さざ波のような細かな電圧変動のこと)を平滑するためにリアクタ(リアクトル)と呼ばれる大型コイルが使われます。太陽電池パネルで発電した電力は、パワーコンディショナを通すことによって、一部が損失として奪われてしまいます。このため、リアクタもできるだけ低損失のものが求められます。

リアクタは軟磁性材料のコア(磁心)に銅線を巻いた構造のコイルで、銅線の電気抵抗による銅損のほか、磁心の材質を原因とするコア損失が、主たる損失要因となります。

従来、リアクタのコアとしては、ケイ素鋼板や鉄圧粉、アモルファスなどの金属系材料が使われてきました。飽和磁束密度が高く、小型化が容易だからです。金属系材料は、高周波になるほどコア損失が大きくなりますが、これまで半導体素子のスイッチング周波数はそれほど高くなく、許容範囲とされていたのです。しかし、パワーコンディショナの普及とともに、リアクタにはさらなる小型・軽量・高効率化が求められるようになってきました。そこで、TDKが開発したのはフェライトコアを用いたリアクタです。

フェライトは、飽和磁束密度は金属系材料よりも劣るものの、高周波でのコア損失が著しく小さいという特長をもつため、パワーコンディショナの高周波化が進むほど、フェライトのメリットが際立ってくるのです。ただ、リアクタ用コアは通常のトランスコアなどよりもはるかに大型です。フェライトは粉末材料を成形・焼成して製造される磁性セラミックスであり、大型製品を均一焼成するにはきわめて高度な技術が求められます。TDKでは長年培ったフェライト技術を駆使し、リアクタ用に最適特性をもつ新フェライト材(PE90材)を開発するとともに、大型でも均一焼成できる技術も確立。パワーコンディショナ用として最適パフォーマンスを発揮するリアクタを開発しました。

省エネ・高効率はスマート社会の必須要件。パワーエレクトロニクスの分野でも、フェライトはますます活躍の場を広げています。

スマートハウスとパワーコンディショナ リアクタ用コアの特性比較 パワーコンディショナとリアクタ

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

TDKについて

PickUp Tagsよく見られているタグ

Recommendedこの記事を見た人はこちらも見ています

電気と磁気の?館

No.77 プラスチックフィルムへの薄膜成膜法

電気と磁気の?館

No.78 マグネット・ルネサンス−−"レアアースフリー磁石"への挑戦

テクノロジーの進化:過去・現在・未来をつなぐ

AR・VRとは?エンターテインメントのあり方を変えるその魅力

PickUp Contents

PAGE TOP