電気と磁気の?館

No.77 プラスチックフィルムへの薄膜成膜法

"異常現象" に発見・発明のシーズが潜んでいる

イオウ球を用いた摩擦起電機を考案した17世紀ドイツのゲーリケは、マグデブルク(ベルリンから約100km西の歴史都市)の名門生まれで、市長も務めた多才な学者でした。ゲーリケは真空ポンプを製作して、有名な「マグデブルクの半球」の実験を行ったことでも知られます。銅製の2つの半球を密着させ、コックから自作の真空ポンプで空気を抜くと、大気圧によって押されて2つの半球は離れなくなります。1654年に、皇帝フェルディナント3世の臨席で行われた公開実験では、左右8頭ずつの馬に引かせて、ようやく分離することができ、大気圧の驚異的な大きさを実証してみせました。

ゲーリケの真空ポンプはピストンとシリンダで空気を抜いていく簡単な構造のもの。大気圧の実験には十分でしたが、19世紀になると、もっと真空度の高いものが求められるようになりました。というのも、アーク灯にかわる電気照明として研究が進められていた白熱電球は、真空度が低いために、短時間でフィラメントが焼き切れるという問題をかかえていたからです。これをクリアしたのは、19世紀後半にガイスラーらによって発明された真空ポンプ。従来方式とくらべて、格段の高真空が得られ、白熱電球の実用化が促進されました。

白熱電球のフィラメントとして、当初は炭素が用いられていました。ところが、真空中でフィラメントを熱すると、炭素が蒸発してススとなり電球のガラス内面を黒く汚してしまいます。この問題の解決に取り組んだエジソンは、ためしに電球内部に金属板を入れ、電池とつないでみたところ、電球内部の金属板はフィラメントと非接触なのに電流が流れるという異常現象を発見しました(1883年)。これはエジソン効果と呼ばれます。エジソンは、さほど関心を示さず放置されてしまいましたが、のちにフレミングによる真空管(二極真空管)の発明(1904年)のヒントとなりました。異常現象に発明・発見のシーズが潜んでいることの実例です。

マグデブルクの半球の実験
ゲーリケの摩擦起電機
エジソン効果 フレミングの二極真空管

プラスチックフィルムに金属薄膜を成膜した蒸着電極型フィルムコンデンサ

エジソンを困らせた電球内面のススの付着は、物理的には真空蒸着という現象です。固体も真空中で加熱すると、液体と同じように蒸発し、蒸発した先に基材があると、その表面で堆積するのです。

この真空蒸着は、基材に薄膜を形成するドライコーティング技術として、身の回りの製品に多用されています。たとえば、スナック菓子などを包装する袋は、真空蒸着法でプラスチックフィルムにアルミニウムの薄膜を形成したもので、アルミ蒸着フィルムと呼ばれます。

真空蒸着は、フィルムコンデンサの製造にも利用されています。コンデンサは誘電体を電極ではさんだ構造の素子です。ポリエステルフィルムと金属箔(アルミニウムなど)を重ねて巻き取ったものは、“マイラコンデンサ”と呼ばれて、古くから通信機器やラジオ、オーディオ機器などに使われてきました。内部電極として、プラスチックフィルムに金属薄膜を真空蒸着させたタイプは、蒸着電極型フィルムコンデンサとか金属化フィルムコンデンサ(メタライズド・フィルムコンデンサ)と呼ばれます。薄膜は金属箔と比べて、厚みが無視できるほど薄いので、箔電極型よりも小型化が図れます。

蒸着電極型フィルムコンデンサには、金属蒸着フィルムをロール状に巻いた巻取型と、多層積層した積層型があります。積層型のフィルムコンデンサは、構造的に積層セラミックチップコンデンサと似ていますが、製法は全く異なります。積層セラミックチップコンデンサは、内部電極を印刷した誘電体シートを多数積層して、切断・焼成して製造されます。かたや、積層型の蒸着電極型フィルムコンデンサは、一般に車輪のような大型のコアホイール(巻芯)が用いられます。金属蒸着フィルムをコアホイールの外周部に巻き取り、バウムクーヘンのように多層積層してから、カッターで小さなコンデンサ素子に切断して製造されます。

積層セラミックチップコンデンサの製法
コアホイールを用いた積層型フィルムコンデンサの製法例

タッチパネルの透明電極フィルムなどの製造に利用されるスパッタ法

薄膜の成膜技術は多種多様ですが、真空蒸着法は気相法における物理的堆積法の1種です。 物理的堆積法としては、真空蒸着法のほかにスパッタ法などがあり、半導体素子や電子部品の製造に多用されています。

スパッタ法とは、真空装置の中に基板を置き、ターゲット(薄膜材料)表面にイオン(アルゴンイオンなど)を衝突させることにより、ターゲット材料の粒子をたたき出して、基板に堆積させて薄膜を成膜させる技術です。ターゲット材料の粒子が、パチパチとはねて飛び出す(スパッタ:sputter)ようにイメージされるので、スパッタ法と呼ばれます。

スパッタ法は、スマートフォンやタブレットPCなどのタッチパネルの重要部材の1つである透明導電性フィルム(ITOフィルム)の製造にも利用されています。ITOとは酸化インジウム・スズ(Indium Tin Oxide)の英略語で、可視光域ではガラスのように透明であることと、酸化物でありながら鉄程度の導電率により、比較的電気を通しやすいという性質をもつ材料です。

タッチパネル用としては、ITO層の表面電気抵抗ができるだけ低く、かつ透過率が高いことが望まれます。しかし、これらは片方を立てれば片方が立たずという関係にあります。つまり、ITO層を薄くして透過率を高めると、表面電気抵抗は上がってしまい、逆に表面電気抵抗を下げるためにITO層を厚くすると、透過率が低くなってしまうのです。

この問題を解決するために、TDKでは先進のスパッタ法を採用し、PETフィルム上に堆積するITO結晶を緻密化するなどの技術投入により、表面電気抵抗を下げつつ、透過率を高めたITOフィルムを開発しました。スマートフォンやタブレットPCなど、各種タッチパネル向け透明導電性フィルムとして最適です(TDKでは、カセットテープや磁気テープの製造で培ったウェットコーティング技術によるITOフィルムも提供しています)。

薄膜成膜の真空蒸着法とスパッタ法
TDKのITO透明導電性フィルム

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

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