電気と磁気の?館

No.78 マグネット・ルネサンス−−"レアアースフリー磁石"への挑戦

周期表から姿を消した元素"ジジミウム(Di)"

化学の教科書などでおなじみの元素の周期表は、たとえていえば、単身ワンルームマンションのようなもので、1部屋(1マス)ごとに1元素が入ります。ところが、3A族の第6周期の部屋には、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までのランタノイドと呼ばれる15元素がぎっしり同居しています。これはいったいなぜでしょう? 

 元素の周期表は、1869年、ロシアのメンデレーエフによって発表されました。メンデレーエフは、元素を原子量の順に並べると、周期的に同じような化学的性質が現れることに気づきました。これは他の学者からも指摘されていましたが、メンデレーエフが偉大だったのは、自作の周期表のところどころに不完全な箇所があり、ここは未発見の元素が入るべき空白部であると予言したこと。のちに予言どおりに新元素が発見され、メンデレーエフの名は世界に轟くことになりました。

 ランタノイド15元素が1部屋に同居するのは、いずれも化学的性質が似通っていることによるものです。背格好も顔つきも、衣服まで似ている双子や三つ子は、他人からはさっぱり見分けがつきません。それが、まさかの15つ子だったというわけです。ランタノイドは化学的に分離が難しく、15元素すべての分離には1世紀以上の歳月が費やされました。

 19世紀半ばには、現在の周期表にはないジジミウム(Di)という元素が存在していました。ところが、のちにジジミウムは複数の元素の混合物であることが明らかになり、サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)に分離され、元素表からジジミウムは姿を消すこととなりました。プラセオジムやネオジムの“ジム”は、ジジミウムの略語。プラセオジムは緑色(プラセオ)+ジム(ジジミウム)、ネオジムは新たな(ネオ)+ジム(ジジミウム)という意味からの命名です。
 

■ 希少で高価なジスプロシウムを大幅削減したHAL工法

 ランタノイドの15元素と、同じ3A族のスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を含めた17元素をレアアース(希土類元素)といい、レアアースを主成分とするマグネットを希土類磁石といいます。

 20世紀半ば頃、最強の磁気パワーを誇っていたのはアルニコ磁石でした。これは鋳物のように製造される合金磁石で、 アルニコとはアルミニウム(Al)・ニッケル(Ni)・コバルト(Co)を主成分とすることから、その頭文字をつないだネーミングです。

 1960年頃から、レアアースとコバルトの金属間化合物の研究がさかんになり、そこから誕生したのが初の希土類磁石であるサマリウム(Sm)・コバルト磁石です。磁石性能を表す最大エネルギー積や保磁力において、アルニコ磁石を大きくしのぐ磁石で、ウォークマンをはじめとする電子機器の“軽薄短小化”にも大きく貢献しました。ところが、その後、コバルト産出国の戦乱などにより、コバルトが供給不安に陥ったため、新たな希土類磁石が探求されるようになりました。こうして、1980年代に開発されたのが、コバルトのかわりに安価な鉄、レアアースとしては比較的産出量の多いネオジム(Nd)を用いたネオジム磁石(ネオジム・鉄・ボロン磁石)です。現在もなお、最強の座を守るマグネットです。

 ネオジム磁石には特性を高めるため、主成分のネオジムのほかに、レアアースであるジスプロシウム(Dy)が添加されます。結晶粒子周囲のネオジムの一部をジスプロシウムで置換することにより、保磁力が高まるからです。ただ、ジスプロシウムは世界的に産地がかぎられ、レアアースの中でも特に希少で高価です。そこで、TDKではHAL工法と名づけた独自技術により、ジスプロシウムを大幅削減しながら、保磁力を向上させる技術を確立しました。これは焼結後のネオジム磁石にジスプロシウムを均一拡散させ、ジスプロシウムを最適配置する工法です。 
 

■ ジスプロシウムフリーに続き、レアアースフリーの新磁石にもチャレンジ

 ネオジム磁石は、HDD(ハードディスクドライブ)のヘッドを駆動するVCM(ボイスコイルモータ)ほか、近年はHEV(ハイブリッド自動車)やEV(電気自動車)などの駆動モータなどに使われるようになり、ネオジム磁石に添加されるジスプロシウムの需給逼迫が予測されています。この問題を根本的に解決するため、TDKがチャレンジしたのがジスプロシウムを全く使用しないジスプロシウムフリーのネオジム磁石です。

 ネオジム磁石ならではの強力な磁気パワーを維持しながら、ジスプロシウムフリーを実現するには、きわめて高度な技術が求められます。TDKでは添加物を加えるという従来の手法から離れ、原点に立ち返って、出発原料である合金の製造から、粉砕、成形、焼結、熱処理までのすべてのプロセスの最適化を図り、従来品を大幅に上回る微細組織を実現。また、粉砕から焼結までの低酸素一環プロセスによる不純物の低減と、均一微細な組織を得ることで、ジスプロシウムフリーと保磁力向上の両立に成功しました。TDKではすでに量産化技術も確立し、まずはHDDのVCM用マグネットとして提供する予定です。

 磁気パワーにおいてはネオジム磁石に劣るものの、コストパフォーマンスにすぐれるフェライト磁石は、各種モータなどとして多用されています。このフェライト磁石においても、高特性化を図るため、レアアースであるランタンやレアメタルであるコバルトが添加されてきました。TDKではランタン・コバルトフリーのフェライト磁石の量産化技術も確立しています。

 磁性材料技術はTDKが誇るコア技術。ジスプロシウムフリーのネオジム磁石、ランタン・コバルトフリーのフェライト磁石という画期的な技術を確立した2012年を、TDKでは新たな“磁石元年”と位置づけ、さらにはレアアースをいっさい使用しない新材料の開発にも果敢に取り組んでいます。マグネット・イノベーションをもたらすこのチャレンジを、TDKでは“マグネット・ルネサンス”と名づけました。産業社会を根底から支え、省エネ・省資源・高効率化に大きく貢献しているのがマグネット。TDKのマグネット・ルネサンスがもたらす、これからの展開に、どうぞご期待ください。
 

 

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