電気と磁気の?館

No.69 MEMS技術による携帯電話の超小型マイクロフォン

楽器にも似たバックロードホーン型スピーカ

大嘘をつくことを「大ぼらを吹く」などといいます。これは昔、合戦の合図などに用いられた法螺貝(ほらがい)に由来します。暖海に産する大型巻貝“ホラガイ”の先端に歌口を取り付け、ラッパのように吹き鳴らす道具です。音波は高音ほど減衰しやすく、低音ほど減衰しにくい性質があります。海鳴りや遠雷などと同様に、法螺貝のブオーッという低音は遠方までよく伝わるので、合図の道具として用いられたのです。

長さが数メートルもあるスイスのアルプホルン(アルペンホルン)も、もともとは楽器ではなく、牧童たちが互いの意思伝達の道具として用いたものです。チベットの寺院でも、法要開始の合図などに、ドゥンチェンとかチベットホルンなどと呼ばれる長いラッパが使われます。ちなみに、ホルン(ホーン)とは動物の角(つの)のことで、角笛から発達したのが楽器のホルンです。

オーディオ用スピーカシステムにホーン型と呼ばれるタイプがあります。スピーカの前面にラッパのように広がるホーンを設けたものをフロントロードホーンといいます。しかし、このタイプではホーンはあまり長くできないので、多くはバックロードホーンという方式が採用されています。見かけは単なるスピーカボックスですが、スピーカの背後にはラッパ状に徐々に広がる音の通路が、迷路のように折りたたんだ形で設けられています。このため、中・高音はスピーカ前面から、低音はスピーカ背面のホーンを伝わって、開口部から効率よく送り出されます。密閉型のスピーカボックスでは、低音域はだらだらと下がってしまいますが、バックロードホーン型は、低音域が伸びて豊かな重低音が得られるのが特長です。ただ、音質はスピーカ本体の性能のみならず、バックロードホーンの長さや形状に大きく左右されます。オーディオ用スピーカシステムというのは、理論どおりにはいかない奥深い世界。手作りスピーカの趣味が高じて、住宅そのものをオーディオ中心に改造するマニアもいるほどです。

アルペンホルン
バックロードホーン型スピーカー 内部構造

受話でも送話でも、周囲の雑音を打ち消すノイズキャンセリング技術

スピーカを裸のままで鳴らすと、低音はほとんど響かなくなってしまいます。スピーカの前面から出る音に対して、背面から出る音は逆位相となっています。音波は、波長の長い低音ほど回折しやすいため、スピーカ前後の低音の音波が出会い、互いに相殺(キャンセル)しあって聞こえなくなってしまうのです。

本シリーズNo.35(小型化を可能にしたマイクロホンの技術系譜)でご紹介したヘッドホンタイプのノイズキャンセラも、この原理を利用したもの。ヘッドホンにはマイクとアンプが搭載されていて、マイクが拾った環境音(周囲の雑音など)を逆位相にして増幅し、耳に直接届く環境音と重ね合わせて打ち消すしくみです。

大勢のスタッフが電話応対するコールセンターなどでは、受話および送話において、環境音を消し去るノイズキャンセル機能を持つヘッドセットが使われています。そのしくみを簡単に説明すれば、まず受話においては、ヘッドセットのスピーカ近くに設置されたマイクが環境音を検知し、これと逆位相の信号をつくって出力することで環境音を打ち消します。このため、周囲が騒がしくても通話相手の音声が明瞭に聞こえます。送話においては、環境音を拾うマイクと口元に配置されたマイクにより、環境音のみを打ち消して送ります。このため、電話先の聞き手には話し手の音声のみが聞こえ、周囲の騒音が伝わることがありません。

こうしたノイズキャンセル機能は、最近では携帯電話やスマートフォンなどにも搭載されるようになっています。しかし、複数のマイクを利用するため、回路の省スペース化がシビアに求められるモバイル機器では、従来のマイクに代わる小型マイクが必要とされるようになりました。このニーズに応えるのがMEMSマイクロフォンです。

ノイズキャンセリングの基本原理
周囲の環境音を消す ノイズキャンセリング技術

すぐれた音響・電気特性を超小型パッケージで実現したMEMSマイクロフォン

MEMSとは“Micro Elerctronics Mechanical System”の頭文字をとった略語で、直訳すると“微小電気機械システム”。従来の機械加工技術ではなく、ICなどの半導体微細加工技術などを用いて、基板上に微小な機械部品と電子回路を集積することにより、高機能のデバイスやシステムを極小サイズで製造するテクノロジーです。各種センサほか、メカトロニクス、バイオ、医療、自動車など、すでにさまざまな分野での応用が広がっています。MEMSマイクロフォンもその一つです。

近年、周囲の雑音を打ち消して高品質な交信を可能にするノイズキャンセリング技術が開発され、ハンズフリー通話用ヘッドセットのみならず、携帯電話やスマートフォンへの搭載も進行しています。雑踏や競技場などでも、騒音にじゃまされず通話できるのでとても便利です。ただ、前述したように、そのためには複数のマイクロフォンの搭載が必要で、従来使われてきたECM (エレクトレット・コンデンサ・マイクロフォン)に代わる小型マイクとして、MEMSマイクロフォンが注目されるようになりました。MEMSマイクロフォンは振動・衝撃や温度変化に強く、マウンタ(プリント基板表面にチップ部品を自動装着する装置)による自動実装が可能といった利点もあります。

TDKでは、SAWフィルタ(携帯電話などに使われる高周波フィルタ)などの製造ノウハウをベースとした、独自の“チップサイズMEMSパッケージ(CSMP)技術”を駆使したMEMSマイクロフォンを製品化しています。電磁ノイズに強いコンパクトなパッケージの中に、すぐれた音響特性と電気特性を実現した超小型マイクです。

MEMSマイクロフォンはビームフォーミングなどにも最適です。ビームフォーミングとは、複数のマイクロフォンアレイによって、音源の方向をとらえたり、周囲の音の分布を可視化したり、特定の位置の音声のみを強調・再生したりする技術。目配りならぬ高度な“耳配り”により、電子会議システムや人間型ロボット、自動車の事故防止など、さまざまな応用に期待されています。

TDKのMEMSマイクロフォン 内部構造
MEMSマイクロフォンアレイによるビームフォーミング

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

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