電気と磁気の?館

No.57 携帯電話の多機能化をサポートするSAWフィルタ

地震予知機や電信機なども製作した幕末の佐久間象山

地震が発生したとき(最大震度5弱以上)、強い揺れ(予測震度4以上)の襲来が予測される地域に対して、テレビや携帯電話のアラーム音で知らせる“緊急地震速報”というサービスがあります。地震波は初期微動のP波(縦波)が、主要動のS波(横波)よりも先に到着するため、そのわずかな時間差を利用した速報です。

地震予知は現代科学をしてもなお困難ですが、幕末の兵学者・思想家として活躍した信濃松代藩(現・長野市松代)の佐久間象山は、“人造磁玦(じけつ)”という地震予知機を考案しています。これは馬蹄形磁石におもり付き鉄片を吸着させた簡単な装置で、磁石に吸着している鉄片が落ちると地震の前触れであるとされました。当時、地震の発生前には磁石の吸着力に変化が起きると考えられていたようです。

佐久間象山はオランダの理学書を参考に電信機を製作し、松代藩の鐘楼(鐘つき堂)と屋敷の間の約70mに電線を張って、電信実験を試みたことでも知られます。この装置は現存していませんが、電池と電磁石を組み合わせた指示(指字)電信機であったと推定されています。送信機のハンドルを回して送りたい文字に合わせると、受信機側の針がその文字を指し示すという仕組みの電信機です。

10月23日は日本の電信電話記念日です。明治2年(1869年)のこの日、東京-横浜間で日本初の電信線の架設工事が開始されたことにちなみます。このとき用いられた電信機もフランスのブレゲー社の指示(指字)電信機でした。当時、トン(・)ツー(−)信号のモールス電信機が知られていなかったわけではありません。アメリカのペリーが黒船に乗って再来航し、日米和親条約を調印した1854年(嘉永7年)には、幕府に最新式のモールス電信機が献上されています。しかし、モールス電信機は文字情報とトンツー信号を変換させる必要があるのが難点。当時の日本人にとっては、モールス電信機よりも、誰でも簡単に操作できて、送受信される文字が一目でわかる指示電信機の方が便利と思われたようです。ただ、指示電信機では1分間に送れる文字量はわずか5〜6文字であり、明治5年(1872年)には、その5倍以上も高速化が図れるモールス電信機に切り替えられました。

佐久間象山 地震予知器
ブレゲー 指示受信機 仕組み

 圧電体の表面波を利用したSAWフィルタ

佐久間象山が電信実験を試みた松代(現・長野市松代)では、太平洋戦争の末期、大本営(戦時下の統帥本部)を移転するための長大な地下壕(総延長約10km)が突貫工事で築かれました。終戦によって移転されることはありませんでしたが、地下壕は戦後、気象庁の地震観測所(現・精密地震観測室)として利用されました。山地の硬い岩盤を掘削したノイズの少ない静寂環境なので、地震計などの観測機器を設置するにはうってつけなのです(松代大本営の地下壕の一部は見学可能です)。

松代の精密地震観測室では、世界各地で起きた地震も観測されています。地震波には初期微動のP波、主要動であるS波のほかに、さざ波のように地表を伝わる表面波と呼ばれるものがあります。表面波は減衰しにくく、巨大地震が起きると、地球を何周もすることが地震計の観測から明らかにされています。

圧電体の表面波をたくみに利用したデバイスとして、携帯電話、TVチューナ、無線LANなどに搭載されるSAWフィルタがあります。SAWとはSurface Acoustic Wave(弾性表面波)の略語です。圧電体は圧力を加えると電圧を発生し、電圧を加えると寸法変化を起こす電子材料です。

交流電圧を加えると一定の周波数で振動する共振子となり、また、必要な周波数(信号)を効率よく取り出し、ノイズなどの原因となる不要周波数をカットする圧電フィルタとしても用いられます。しかし、圧電素子の長さ方向や厚み方向の共振を利用する従来型の圧電フィルタでは、加工精度に限界があるため、マイクロ波のような高周波領域では対応しきれなくなります。

そこで利用されるのがSAWフィルタです。低損失で切れ味が鋭く(すぐれたカットオフ特性)、小型・薄型化が可能なため、無線通信機器のキーデバイスの1つとなっています。携帯電話の音質が初期のころとくらべて格段によくなっているのも、SAWフィルタが寄与しています。

地表付近 表面波 レイリー波
巨大地震 表面波の波形
携帯電話 フロントエンド 回路ブロック

先進のパッケージ技術で実現した極小・極薄SAWフィルタ

SAWフィルタは半導体製造のフォトリソグラフィ技術を利用し、圧電基板(タンタル酸リチウムや水晶など)の表面に、駆動用(励振用)と検出用(受信用)のすだれ状電極(IDT)を形成した素子です。すだれ状電極は非接触で対向された一対のくし形電極からなります。駆動用電極に高周波電圧が加わると、電極ピッチ(くし形電極の歯のピッチ)に応じた波長の振動が強く励振され、これが表面波となって検出用電極に伝わります。検出用電極ではその周波数の振動を電気信号に変換します。

表面波の速度は数1,000m/秒にも及びますが、これは光速で伝わる電波の約10万分の1にすぎません。電波とくらべて伝達速度が著しく遅いことが、SAWフィルタの小型化を可能にします。というのも、圧電体上で発生する表面波の周波数(f)は、圧電基板の伝達速度(V)に比例し、表面波の波長(λ)に反比例するからです(f=V/λ)。このため携帯電話などのマイクロ波領域では、表面波の波長は数ミクロン(μm)程度となり、半導体製造技術を応用したチップ化も可能になります。

SAWフィルタの小型化をさらに推進したのはパッケージ技術です。ウェハから切断されたSAWチップは、従来はワイヤ接続によりセラミック基板にパッケージングされていました。しかし、小型・薄型化要求の高まりに応えるため、近年ははんだボールなどを用い、ワイヤ接続なしのフェイスダウン接続が主流となりました。TDKでは“CSSP(チップサイズSAWパッケージ)”と名づけた先進のパッケージング技術により、1411形状(1.4×1.1mm)という極小・極薄タイプのSAWフィルタを実現。携帯電話やスマートフォンばかりでなく、GPSナビゲーションや音声・データ伝送システムなどをベースとしたカーテレマティクス・アプリケーションとしての利用も拡大しています。

SAWフィルタ 基本原理
SAWフィルタ 周波数特性

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