電気と磁気の?館

No.55 携帯電話の中のパワーコイル

磁気回路にもオームの法則がある

コイルは導線の輪という意味から、かつて日本では線輪(せんりん)とも呼ばれていました。導線を筒状に巻いたコイルはソレノイドといいます。これは“右ネジの法則”で知られるアンペールの命名です。アンペールはまた、ソレノイドに電流を流すと、磁力線がソレノイドの内部を貫通して、磁石と同じ作用を生むことも発見しました。これは導線を紙筒などに巻いて乾電池とつなぎ、両端の開口部に方位磁石を近づけると、磁針が振れることから簡単に確かめられます。

 乾電池くらいの電流では、ソレノイドは鉄を吸いつけるほどの磁力は持ちません。しかし、ソレノイドの中に軟鉄の棒を挿入すると、電磁石となって強い磁力を示すようになります。これは、鉄などの磁性体は、スポンジが水をよく吸収するように、磁力線をよく吸収する性質があるからです。どれだけ磁力線を吸収できるかという能力を飽和磁束密度といい、磁力線の吸収のしやすさのことを透磁率(μ:ミュー)といいます。軟鉄は身近な材料として飽和磁束密度も透磁率もともに高いので、電磁石のコア(磁心)として使われるのです。

 電気と磁気は、振る舞いや性格が似ている双子の兄弟のような関係があります。たとえば、電気回路の電流に相当するのが磁気回路の磁束、電流の流れやすさを示す導電率に相当するのが磁性体の透磁率です。《起電力(電圧)=電流×電気抵抗》というのは、中学校の理科で学習する有名なオームの法則です。これは電気回路における法則ですが、磁気回路にもオームの法則と呼ばれるものがあります。《起磁力=磁束×磁気抵抗》という法則です。電気回路は漏電箇所などないかぎり、漏れ電流というのはありませんが、磁気回路はさまざまなところで漏れ磁束が発生します。空気もわずかながら透磁率を持つため、回路図に現れない磁気回路ができてしまうのです。漏れ磁束はエネルギーロスやノイズの発生原因となったりします。コイルを利用したトランスなどの設計が難しいのもこのためです。

 

電気回路と磁気回路のオームの法則

 

電気回路と磁気回路の比較

■ コンデンサは電気エネルギーを蓄え、 コイルは磁気エネルギーを蓄える

 電気と磁気の類似関係は、コンデンサとコイルとの作用にも現れています。コンデンサは電気エネルギーを蓄えるように、コイルは磁気エネルギーを蓄えます。導線を巻いただけのコイルがエネルギーを蓄えるというのは、ちょっと理解しにくいことですが、これはコイルの自己誘導現象(電磁誘導現象の1種)によるものです。

 スイッチONしてコイルに電流が流れ込んでくると、コイルはそれを阻止する方向に起電力を発生し、またスイッチOFFして電流が途絶えていくと、コイルは元の電流を維持する方向に起電力を発生します。これがコイルの自己誘導現象です。コイルがエネルギーを蓄えることは、下図のようなネオン球を用いた簡単な回路で確かめられます。コイルとネオン球を並列接続して乾電池につなぎます。ネオン球の点灯には70V程度の電圧が必要なので、コイルに電流が流れるだけでネオン球は点灯しません。しかし、スイッチOFFするとネオン球は一瞬、点灯します。コイルが蓄えたエネルギーをいきなり放出して高い起電力を発生するからです。蛍光灯もこれと同じ原理で点灯します(安定器のコイルの自己誘導)。

 コイルの自己誘導現象を発見したのは、アメリカのヘンリです。コイルの能力を示すインダクタンス(L)の単位ヘンリ(H)は、彼の名前からつけられました。ちなみに、電磁誘導の発見者はファラデーとされていますが、実際はヘンリのほうが先でした。 しかし、論文発表はファラデーのほうが早かったのでファラデーの業績とされたのです。その代わりに、インダクタンスの単位にはヘンリの名がつけられ、ファラデーの名はコンデンサの静電容量の単位ファラド(F)として残ることになりました。ちなみに、コイルが蓄えるエネルギーは[LI2/2](L:インダクタンス、I:電流)で表され、コンデンサが蓄えるエネルギーは[CV2/2](C:静電容量、V:電圧)という式で表されます。これまた見事な類似関係となっています。

 ヘンリは強力な電磁石を製作したことなどでも知られますが、彼は研究の成果が世の中に寄与することを喜びとして、自らの発見や発明を特許として申請せず、誰でも自由に使えるようにしました。ファラデーとともに、なかなか人格高潔な人物だったようです。
 

コイルの自己誘導現象

 

乾電池とコイルでネオン球が点灯する原理

 

コンデンサとコイルが蓄えるエネルギー

■ パワーインダクタは小型DC-DCコンバータのキーパーツ

 電子部品としてのコイルはインダクタ(inductor)とも呼ばれます。磁束変化が起きるとき、コイルは誘導性の(inductive)起電力を生み、誘導電流を流すからです。

 インダクタは信号系と電源系に大別されます。コイルは直流や周波数が低い交流はスムーズに通しますが、周波数が高くなるほど通しにくくします。この性質を利用してフィルタ回路などに用いられるのが信号系インダクタです。電源系インダクタの方は、エネルギーを蓄えるコイルの性質を利用したもので、携帯電話などの小型DC-DCコンバータのキーパーツとして利用されています。

 DC-DCコンバータというのは、バッテリなどから供給される直流を、回路動作に必要な電圧に変換するデバイスです。信号系インダクタには微弱な電流しか流れないので、より小型で損失が少ない特性が要求されます。このため、信号系インダクタは積層工法でコイルを形成する積層チップインダクタが主流です。かたや電源系インダクタは大電流が流れるため、フェライトコアに巻線をほどこしたタイプが使われます。これはパワーインダクタとかパワーコイルと呼ばれます。

 DC-DCコンバータには各種ありますが、図に示すのは携帯電話などに使用される小型オンボードタイプです。スイッチング素子(トランジスタやMOSFET)は高速でON/OFFのスイッチングを繰り返し、コイルにパルス状の電流を送ります。スイッチONのときコイルはエネルギーを蓄え、スイッチOFFになるとコイルは蓄えたエネルギーを放出して誘導電流を流します。また、ON/OFFの時間間隔をICによって制御することで、必要な電圧の直流を得ます。これは、電流をパルスとして細切れにすることから、チョッパ方式のDC-DCコンバータとも呼ばれます。少ない部品点数で、小型・ローコストなローカル電源がつくれるのが利点です。

 小型DC-DCコンバータは、いわば携帯電話の中の“ミニ直流変電所”。そのエネルギー変換効率の向上に、最適フェライト材をコアとするTDKのパワーインダクタが大きく貢献しています。

オンボードタイプの小型DC-DCコンバータとパワーインダクタ

 

小型DC-DCコンバータ(チョッパ方式・降圧型)とパワーインダクタ

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