電気と磁気の?館

No.54 デジタル機器の高速化と低ESLコンデンサ

うなり音を利用した世界初の電子楽器“テルミン”

ギターやバイオリンなどを調弦(チューニング)するのに、一定の周波数の基準音を出す音叉(おんさ)や調子笛(ピッチパイプ)などが使われます。調弦しながら基準音に近づくと、2つの音の強め合いと弱め合いによって、ウォ〜ン、ウォ〜ンという“うなり”が聞こえ始めます。うなりがなくなると、2つの音の周波数が一致して同調(チューンナップ)したことになります。

西洋の教会の鐘とちがって、日本のお寺の鐘(梵鐘)はゆっくりとしたうなり音を発します。撞木(しゅもく)で鐘をつくと、鐘はたわんで音を発しますが、鐘の表面につけられた凹凸が、周波数の微妙な違いを生み出してうなり音を発生させるのです。

世界初の電子楽器といわれるロシア(旧ソ連)生まれの“テルミン”は、電子回路で発生させたうなり音を利用した演奏装置です(1919年発明、テルミンとは発明者の名にちなむ)。テルミンは本体に2本のアンテナが取りつけられているだけで、鍵盤のようなものはありません。演奏者は手をアンテナに近づけたり、遠ざけたりすることで、音程をつくって演奏します。アナログにふらつく音は不安感をかき立てるので、SF映画やホラー映画などの効果音として用いられたりします。

テルミンの本体内部にはコンデンサとコイルを組み合わせた同じ発振器が2つ格納されていて、片方の発振回路にアンテナが接続されています。アンテナと手はコンデンサの2枚の極板として作用します。アンテナに手をかざすと、アンテナと手との間の浮遊容量(回路図にないコンデンサ成分)により、もう片方の発振器の周波数とズレが生じてうなり音が発生します。手を近づけたり、遠ざけたりすると、浮遊容量が変化してうなり音が高くなったり低くなったりするので、これでメロディを奏でるのです。もう一つのアンテナと発振器は音量調整用です。

テルミンの回路
うなり音の原理

コイルとコンデンサを組み合わせた同調回路

コイルとコンデンサを組み合わせた発振回路は、無線通信の研究過程から、1910年代に次々と開発されました(ハートレー回路、コルビッツ回路など)。テルミンはこの発振回路を利用して誕生したものです。

コイルとコンデンサの組み合わせが、なぜ発振回路として機能するのでしょうか?これは、コイルとコンデンサがキャッチボールのようにエネルギーのやりとりをするからです。充電したコンデンサにコイルを並列接続した回路で、これを考えてみます。回路にスイッチを入れると、コンデンサに蓄えられた電荷は電流となってコイルに流入します。しかし、コイルは急激な電流変化を阻止するように起電力を発生させるので、電流はコンデンサ側に逆流してコンデンサを充電します。すると再びコンデンサは放電して、電流をコイル側に流入させます。この繰り返しによって、回路には一定周期で振動する交流電流が流れます。これが発振です(実際には回路には抵抗成分があるので、減衰しながら振動する交流電流となります)。発振周波数はコンデンサの静電容量(C)とコイルのインダクタンス(L)の値によって決まるので、一定周波数の発振回路となります。

発振回路は電波の同調回路としても利用されます。ラジオやテレビの同調回路は、放送局から送られる電波に同調(チューニング)する装置なのでチューナーと呼ばれます。ラジオ放送をダイヤルを回して選局するための部品として、バリコンと呼ばれるものがあります(バリコンとはバリアブルコンデンサ=可変コンデンサの略語)。コンデンサの静電容量は、向かい合った電極板の面積によって変わります。そこで片方の極板をダイヤルで動かすことで、対向する極板との重なり面積を可変にしたのがバリコンです。これとは逆に、同調回路のコンデンサの静電容量(C)を固定して、ダイヤルでコイルのインダクタンス(L)を可変にしたタイプもありますが(ミュー同調器など)、同調の原理は同じです。

LC発振器の基本原理
バリコン(可変コンデンサ)による同調

ICの高速動作をサポートする低ESLコンデンサ

コイルは巻線数が多いほど、インダクタンスは大きくなりますが、1ターン(1回巻き)でも立派なコイルです。高周波領域となると、導線のわずかな曲がりやリード線さえも、コイルとしての性質をもつようになります。この回路図に現れないコイル成分を寄生インダクタンスといい、高周波領域におけるコンデンサの特性に大きな影響を与えます。

コンデンサがコイル成分をもつということは、コンデンサとコイルを直列接続した同調回路(共振回路)と同じ作用をするということです。理想的なコンデンサでは交流の周波数が高くなるほどスムーズに通すはずですが、実際にはコイル成分の存在により、ある周波数において共振するようになります。この周波数を自己共振周波数(SRF)といい、この周波数以上ではコンデンサとして機能しなくなってしまいます。チップコンデンサにはリード線はありません。しかし、高周波化・高速化が進むデジタル機器においては、チップコンデンサの端子電極の長ささえも、無視できなくなってきています。

そこで考案されたのが、端子電極のもつコイル成分をできるだけ低く抑えた低ESL(等価直列インダクタンス)コンデンサで、その1つがフリップコンデンサと呼ばれるタイプです。通常のチップコンデンサの端子電極は横方向(長手方向)に設けられますが、これを縦横反転(フリップ)させて電流ルートを短くし、低ESLを図っています。

低ESLコンデンサはICの電源ピンなどに、デカップリングコンデンサとして多用されています。ICが高速作動すると電源ラインの電圧が変動してノイズや誤動作の原因となります。そこでコンデンサに蓄えた電荷で、その変動を補ってやるのが、デカップリングコンデンサの役割です。

デカップリングコンデンサとしては、できるだけ自己共振周波数が高く、インピーダンス(交流における抵抗)が低いものが望まれます。また、デカップリングコンデンサを実装するときは、できるだけICピンの近くで接続することが鉄則となっています。ICピンから離して接続すると、接続路がもつコイル成分が大きくなって、コンデンサの自己共振周波数を下げてしまうからです。コンデンサとコイルの基本性質を理解しておくと、難解な高周波の世界もぐんと身近になります。

コイルと寄生インダクタンス
コンデンサの自己共振周波数 SRF
低ESLコンデンサ

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