電気と磁気の?館

No.45 半導体製造技術による圧力センサのイノベーション

ポテトチップスの袋とアネロイド気圧計

富士山やアルプスといった高い山に登ると、高度を増すにつれ、ポテトチップスなどの密閉袋が膨らみ、ついには破裂してしまうこともあります。通常、地上から100m高度を上げるごとに、気圧は約12hPa(ヘクトパスカル)ずつ低下します(1気圧は1013hPa)。このため密閉袋の内部の空気がしだいに膨張してくるのです。

世界初のジェット旅客機として、1952年に華々しくデビューしたイギリスのコメット機は、就航1、2年後に謎の空中爆発事故を起こしました。当時はまだ安全設計が不十分で、与圧された客室内部の空気と希薄な外気との圧力差に、機体が耐え切れなかったためと推定されています。この事故を教訓として、旅客機には圧力差に耐える設計と試験が導入されるようになりました。

注意深く観察すると、地上でもポテトチップスの袋の膨らみぐあいは、天候によって異なることがわかります。台風などの低気圧が接近すると袋はよく膨らみ、高気圧が近づくと袋は張りを失います。アネロイド式と呼ばれる気圧計は、これと同じ原理によるものです。ポテトチップスの袋に相当するのが、ダイアフラムと呼ばれる真空の密閉容器(空盒=くうごう)。気圧変化によってダイアフラムがわずかながら膨らんだり、しぼんだりするので、この動きを指針に伝えて気圧を表示します。

アネロイド式気圧計は高度計としても使えるため、古くから航空機にも利用されてきました。現在の航空機には電波高度計も併用されていますが、アネロイド式はしくみがシンプルで故障が少なく、電波障害などの問題もないのが利点です。原理的にバッテリも不要なので、身近には登山用品にもなっています。地上高度に針を合わせておくと、登山中に現在の高度を示してくれるばかりでなく、地図との照合で現在位置もかなりの精度で知ることができます。

ただ、アネロイド式の高度計は構造的に小型化には限界があるのが難点。そこで、近年はよりコンパクトな腕時計タイプの高度計が使われるようになりました。これはICなどの半導体製造技術を応用してつくられる圧力センサを搭載したものです。

アネロイド高度計 気圧計 基本構造
アネロイド高度計 気圧計 基本構造

ピエゾ抵抗効果を利用した小型圧力センサ

物体に圧力を加え、その変形量を読み取ることでも圧力計はつくれますが、これでは精密な測定は困難なうえ、直接、電子回路と接続することができません。そこで、圧力を高感度にとらえ、何らかの電気信号に変換できるセンサ素子が求められます。現在、最も広く使われているのは、ピエゾ抵抗効果を利用した半導体圧力センサです。ある種の半導体などに圧力を加えると、電気抵抗が変化する現象を利用したもの。ピエゾとは“押す・圧縮する”という意味のギリシア語です。

腕時計タイプの高度計や、水深を表示するダイバーズウォッチなどに使われている圧力センサの多くは、このピエゾ抵抗型です。従来型の圧力センサと大きく異なるのは、ICなどと同様にウェハ上で多数のセンサ素子を形成してチップ化されること。その製造法とセンサ原理を簡単にご紹介します。

まず、ガラス基板の上にエッチングで小さな空洞を設けたシリコン層を重ねます。この空洞がダイアフラムとしての役割を担います。次に空洞の屋根部にあたる薄いシリコン面に、ピエゾ抵抗部(歪(ひずみ)ゲージ、ストレインゲージ)を形成します。その工法としてはシリコン層に不純物イオンを注入(拡散)する半導体プロセス技術が主流なので、ピエゾ抵抗型の圧力センサは拡散抵抗型とも呼ばれます。

圧力センサとしての基本原理は次の通りです。気圧変化などにより空洞部(ダイアフラム)の上の薄いシリコン面がたわむと、歪ゲージのピエゾ抵抗効果により電気抵抗値が変化します。これを電子回路で処理・増幅して圧力を表示するというしくみです。いささか難しい原理ですが、たとえば、ほっぺたにスティックのりを塗って乾かし、ほっぺたを膨らましたり、すぼめたりすると、皮膚の突っ張りが感じられます。スティックのりに相当するのが歪ゲージ、皮膚の突っ張り感覚がセンサ信号。そんなイメージでとらえると、ピエゾ抵抗型の圧力センサのしくみを理解していただけるのではないでしょうか。

ピエゾ抵抗型 圧力センサ 構造例

家電や医療機器、ロボットの高度化にも圧力センサが不可欠

ピエゾ抵抗型の圧力センサは、腕時計タイプの高度計・水深計ばかりでなく、自動車やFA機器ほか、家電機器でも応用されています。たとえば、エアコンや掃除機では風圧をコントロールして、省エネ・効率的な運転を実現します。また、炊飯ジャーでもきめ細かな圧力検知により、ふっくらとおいしいご飯を炊き上げるのに活躍しています。

血圧計の家庭への普及にも圧力センサは貢献しました。伝統的な血圧計は、上腕部に巻きつけたカフ(腕帯)に空気を送り込んで締め付け、接続した水銀柱の圧力計で、血圧を読み取るという方式です。このとき医師は、聴診器で血管音(発見者の名に因み、コロトコフ音という)を聞き取ります。締め付けたカフから空気を抜くと、血液が流れて血管音が聞こえ始めますが、このときの血圧が最高血圧。やがて聞こえなくなるときの血圧が最低血圧です。家庭用血圧計では、血管音を圧力センサに加わる振動として検知します。家庭用血圧計ではカフを手首あるいは指に巻きつけるという小型・軽量タイプもあります。これを可能にしたのも、圧力センサそのものが小型化できたからです。

ピエゾ抵抗型の圧力センサは、歪ゲージの電気抵抗の変化を、電圧変化として取り出して、圧力を検知します。とはいえ、電気抵抗の変化量はごく微小なので、ホイートストンブリッジという回路を利用し、高感度化を図っています。ホイートストンブリッジというのは4つの抵抗を四辺形に配列した回路で、高校物理の教科書に登場し、大学入試にもよく出題されます。こんな古典的な回路が現代のハイテク機器にも活用されているわけで、何事においても基本はおろそかにはできません。

ますます人間に近づくロボットの五感を担うのもセンサです。卵もつぶさずつかめるフェザータッチのロボットの指にも、先進の圧力センサが活躍しています。また近年、注目を集めているMEMS(メムス)は、半導体製造技術を応用し、基板にセンサや電子回路、そしてアクチュエータなどを集積する技術。TDKでは先進のMEMS気圧センサほか、幅広い用途に応用可能な各種の圧力センサを豊富にラインアップしています。

ホイートストンブリッジ デジタル圧力センサ 基本回路

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