電気と磁気の?館

No.46 過電流から電子機器を守る温度の見張り番

耐熱材になるセラミックス、発熱材になるセラミックス

羽根のないムササビが木から木へと滑空できるのは、体全体を風呂敷のように広げて空気抵抗を大きくしているからです。スペースシャトルもまた、航空機のような長い翼をもちませんが、機体全体で空気を受けて、ムササビのように大気圏に再突入して地上に帰還します。しかし、このとき空気抵抗により、機体は1000℃以上に発熱します。そこで機体には各種の耐熱材が使用されています。スペースシャトルの機体の下部全体に黒く見えるのは、特殊なシリカ系のセラミックタイルです。高温により赤熱しても燃え尽きることなく、また熱伝導性も低いので断熱材としても機能します。

 多種多様なセラミックスの中で、電気的・磁気的な働きをもつものをエレクトロ・セラミックス(電子セラミックス)といいます。一般にセラミックスは電気抵抗が高いのですが、なかには金属と絶縁体の中間的な性質をもつタイプもあります。これは半導体セラミックスと呼ばれます。半導体セラミックスは、温度によって電気抵抗がさまざまに変化するのが特徴です。この性質をたくみに利用したのがサーミスタ(thermistor)と呼ばれる素子。“温度に敏感な抵抗体(thermally sensitive resistor)”という意味からの命名です。

 半導体セラミックスは身近な製品に利用されています。電子体温計などの温度センサに使われるのはNTCサーミスタというタイプ。セラミックファンヒータなどに用いられるのはPTCサーミスタというタイプです。PTCサーミスタは、電流を流すと電気抵抗によりジュール熱が発生して温度上昇しますが、一定温度となると急激に抵抗値が増えて電流を流しにくくします。このため電圧が一定ならば、一定の温度を保つ発熱体となります。スイッチを入れると、たちどころに発熱して熱風を送ってくれるのは、PTCサーミスタを利用したセラミックヒータならではの便利さ。また、一定温度以上に発熱しないので火災などの心配もなく、ふとん乾燥機などにも利用されています。 

定温発熱体としてのPTC-サーミスタ

 

■ 一定温度を境にして結晶系が変わるPTCサーミスタ

 切り替えスイッチなどなしに、ある温度に達すると電流を流しにくくするのがPTCサーミスタ。いわば温度センサ機能を内蔵した電子材料です。それでは、ある温度で抵抗が急上昇するのはなぜでしょう?

 エレクトロ・セラミックスは酸化物などを主成分とする微細な結晶粒が集合した多結晶体です。結晶粒どうしの境界は粒界(りゅうかい)と呼ばれ、通常は高い電気抵抗により絶縁層となっていますが、微量の添加物を加えると、半導体としての性質を示すようになります。これが半導体セラミックスです。しかし、それだけではPTCサーミスタの特異な性質は説明できません。

 PTCサーミスタの電気抵抗値が急上昇する温度は、キュリー温度(キュリー点)と対応しています。たとえば、鉄はある温度(キュリー温度)を超えると急に磁石に吸いつかなくなります。これは広く相転移(相変化)と呼ばれる現象で、結晶構造が別の物理状態に転移することによって生じます。チタン酸バリウムを主成分とするPTCサーミスタは、キュリー温度を超えると、結晶系はそれまでの正方晶系から立方晶系へと相転移するため、それにともなって電気抵抗値が急激に上昇すると説明されています。

 メガネのフレームやブラジャーなどに、形状記憶合金を採用したものがあります。これもキュリー温度を境にして、結晶系が変わることを利用したもの。型崩れしても加熱すると、元の結晶系の形状に回復します。微量添加物によって特性がガラリと変わるのが、半導体セラミックスの面白いところです。発熱体として使用されるPTCサーミスタも、微量添加物などの材料設計によって、さまざまな動作温度のものがつくれます。

PTCサーミスタの温度特性例

■ 有機ポリマーと導電粉を組み合わせた新タイプのポリマーPTCサーミスタ

 PTCサーミスタは電子回路の中で、過電流保護素子としても活躍しています。たとえば、扇風機などのモータは始動時に大電流を必要としますが、いったん回転してしまえば、あとは小電流で済みます。PTCサーミスタは、始動時の大電流により、温度上昇すると抵抗値が急激に高くなるので、過電流が流れるのを抑止してモータを保護します。

 携帯電話のバッテリパック用保護素子としてもPTCサーミスタは利用されています。近年、携帯電話は小型・軽量化ニーズとともに、カメラ機能やナビ機能、ワンセグ対応など、高機能化が著しく進んで、バッテリの放電電流は増大しています。加えて電子部品の1つひとつにも、さらなる小型化と電力ロスの少ない低抵抗化が要求されています。

 この問題を解決するために開発したのが、TDKのポリマーPTC(P-PTC)サーミスタです。これまでのPTCサーミスタと大きく異なるのは、半導体セラミックスではなく、導電粉を有機ポリマーに分散させた材料を用いているところ。通常の温度では密に接触した低抵抗の導電粉により、電流はスムーズに流れます。しかし、電流増大とともに温度上昇すると、有機ポリマーの膨張により導電粉どうしが分離・非接触となって電流は流れにくくなります。また、温度が下がれば有機ポリマーを収縮して元のように電流が流れます。スイッチ回路などなしに、高信頼性・長寿命で繰り返し使用できるのが特長です。

 ポリマーPTCにはカーボンブラックを導電粉として用いたタイプもありますが、小型化を図ると抵抗値が増大してしまうというジレンマがありました。TDKではチップコンデンサなどにおいて蓄積した材料技術を駆使して、微細なニッケル粉を導電粉に採用。小型・薄型化(0.8mm)と低抵抗化(5mΩ)を両立させました。携帯電話ばかりでなく、バッテリ使用の他のモバイル機器などにもうってつけの保護素子です。従来製品の限界を克服したのは素材(マテリアル)の力。エレクトロニクスの裾野を大きく広げるのも素材技術です。
 

ポリマーPTCサーミスタの原理と構造

 

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