電気と磁気の?館

No.47 静電気の脅威からモバイル機器を守る

小さな雷放電にも匹敵する人体からの静電気放電

空気が乾燥した冬季などに、ドアノブなどに触れるとバチッとした痛みが指先に走ります。身の回りにプラスチック類が多くなったことで、人が動くたびに摩擦による静電気が発生して溜まります。これが金属などの導体を通じてアースされる静電気放電(ESD)です。暗闇の中で化繊の衣服を脱ぐときなどに、パチパチという静電気放電の音とともに、火花が発生するのも見えます。近年、セルフ式のガソリンスタンドが増えたことにより、静電気放電の火花によるガソリン引火の事故が、たびたび起きています。こうした事故を防ぐために、セルフ式のガソリンスタンドでは、「はじめにタッチ!」と書かれた静電気防止シートが設けられています。まず、これに手を触れることにより、人体に溜まった静電気をアースして逃がすのです。
 スケールの大きな静電気放電が落雷です。避雷針は、雷が電気現象であることを実証したベンジャミン・フランクリンの発明です。尖らせた金属棒を構造物の先端に設置し、それを地中に埋設した銅板と接続しておきます。こうすると、大地と空中との電位差が小さくなって落雷が起きにくくなるとともに、避雷針に落雷した場合も接続線を通じてアースされるので、構造物への被害を避けられます。
 ゴロゴロと音を立てる雷鳴の多くは、雲どうしで起きる雲間放電です。直接の被害はありませんが、ラジオなどに受信障害を起こすだけでなく、送電線に誘導雷サージと呼ばれる津波のような異常な高電圧を誘導します。これが配電線を通じて建物内に進入すると、電子機器のICを破壊したり誤動作を起こしたりします。そこで、変電所には避雷器という設備が配置されています。避雷針との違いは、大地との間に酸化亜鉛(ZnO)のセラミックス素子を配置していること。酸化亜鉛のセラミックス素子は通常は絶縁物として機能しますが、誘導雷サージのような異常な高電圧が加わると、抵抗値は著しく小さくなって、誘導雷サージを大地へとアースします。誘導雷サージを“逮捕(arrest)”するという意味から、避雷器は英語でサージ・アレスタ(surge arrester)と呼ばれます。
 

静電気防止シート

 

避雷器の基本構造

 

■ 高機能化とともに電子機器は静電気に脆弱になっている

 火花放電というのは、プラスからマイナス側に向かう電気の一方的な流れのようで、実際は高い周波数の電気の振動現象です。この電気振動は、電磁誘導により磁界を発生させ、発生した磁界は電界を発生させ…と、電界と磁界は鎖の輪のように連なって周囲に広がります。これが電磁波です。掃除機や電動工具、シェーバなどを使うと、テレビ画像にノイズが発生したりするのも、モータブラシに発生する火花放電にともなう電磁波障害です。
 このほかスイッチの開閉でもサージ性の電流を生み、ノイズ障害をもたらしたりしますが、身近な静電気放電の電圧はこれらをしのぎます。その電圧は数千〜数万Vにも及び、小さな雷放電といっても過言ではありません。このため、ICの製造工場や電子機器の組立現場では、ICを静電気による破壊から守るため、人体の静電気を床にアースする特殊な作業靴が用いられています(静電気帯電防止靴/静電作業靴)。静電気は電子機器にとって、あなどることのできない厄介な存在なのです。
 しかも近年、電子機器はますます静電気に脆弱になってきています。ICなどの半導体集積回路は、金属酸化物の絶縁薄膜を用いたMOS-FET(金属酸化物型電界効果トランジスタ)が主流となっています。この薄膜は静電気放電が起きると絶縁性が破られ、回路がショートしたりして欠陥品となってしまうからです。
 手に持って操作することの多い携帯電話や携帯デジタル音楽プレーヤといったモバイル機器は、静電気放電の被害を最も受けやすい電子機器です。とくに、データインタフェース端子やバッテリ端子などは、内部の回路と直結しています。ここに人体に溜まった静電気が放電すると、ICなどの誤動作や故障といったトラブルに見舞われかねません。そこでバリスタと呼ばれる電子部品が静電気対策として用いられます。
 バリスタの原理は前述した避雷器と基本的に同じです。回路に並列接続され、端子などを通じて異常な高電圧のサージが侵入すると、酸化亜鉛を主成分とするバリスタ素子が、低抵抗になってアースし、内部回路を保護します。バリスタとは可変抵抗を意味する variable resistor の略語です。

 

各種サージ、パルスノイズの種類

 

MOS-FETの基本構造

 

■ 小型化と高特性化を実現した静電気対策部品“積層チップバリスタ”

 酸化亜鉛のバリスタ素子は、なぜ静電気放電のような異常な高電圧のみを通過させることができるのでしょうか? 酸化亜鉛を主成分とするバリスタ素子は半導体セラミックスの1種です。半導体セラミックスは、オームの法則に従わない風変わりな性質をもちます。これは材料の微細構造が関係します。セラミックスは多数の微細な結晶粒が集合した多結晶体で、結晶粒どうしの境界を粒界(りゅうかい)といいます。多細胞の組織にたとえれば、細胞にあたるのが結晶粒、細胞壁にあたるのが粒界です。焼成工程で微量の添加物は粒界に集まるため、粒界は結晶粒内部より高抵抗となっています。
 ある電圧に達すると、突如として電気抵抗が小さくなるバリスタ素子の特異な性質は、理論的には十分に解明されていません。しかし、微量添加物が集まる高抵抗の粒界の振る舞いが、関係していることは確かなようです。多結晶体であるバリスタは、粒界が3次元網目構造をなした素子なのです。電子は結晶粒内は比較的自由に動き回れますが、高抵抗の粒界の障壁を乗り越えることができません。ところが、高電圧が加わると、あたかもこの障壁にトンネルができたかのように、するりと潜り抜けて電流が流れると説明されています。量子力学でいうトンネル効果です。
 電子機器を静電気から守る保護素子として、従来、ツェナーダイオードというものが使われてきました。定電圧ダイオードと呼ばれるように、ある電圧に達すると急に電流を流すという性質をもったダイオードです。ツェナーダイオードは極性がある(順方向と逆方向では特性が異なる)ため、静電気対策などには、2素子を反対向きに接続して双方向性を確保する必要があります。しかし、バリスタは極性をもたず、順方向・逆方向とも同じ特性を示すため、1素子で済むというのが利点です。
 近年、モバイル機器の普及とともに、静電気放電対策用のバリスタの小型化が強く求められるようになりました。そこで、小型化とすぐれたバリスタ特性を両立させて実現したのが、TDKの積層チップバリスタ。主成分である酸化亜鉛にプラセオジムなどの添加物を加えるなど、独自の材料設計に加えて、焼成プロセスの高度な制御により、微細かつ均一な結晶粒を成長させることで薄層化も達成。0603サイズ(0.6mm×0.3mm)という超小型タイプも製品化しました。高信頼性の静電気対策と回路基板のさらなる省スペースが求められる各種モバイル機器に搭載されています。
 

バリスタ特性とバリスタ素子の微細構造
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