フェライト・ワールド
第1回 フェライトとはどんな物質?
テレビやパソコン、携帯電話、そしてHEV(ハイブリッドカー)や風力発電など、電気・電子機器の小型・薄型・高機能化、省エネ・省資源化などに大きく貢献している磁性材料が「フェライト」です。しかし、現代エレクトロニクス社会を根底から支え、身の周りでも多用されているにもかかわらず、フェライトのプロフィールやパフォーマンスについては、一般にはあまり知られていません。
磁性材料の面白さと奥深さを探るにも、フェライトはうってつけ。TDKの原点でもあるフェライトの世界を、難しい理論や数式なしのわかりやすい読み物シリーズでご紹介します。
フェライトとは日本生まれ、日本育ちの磁性材料。権威あるIEEEマイルストーンにも認定
どんな技術にもルーツがあります。約80年前の1930年。東京工業大学の加藤与五郎博士と武井武博士は、亜鉛鉱石から亜鉛を取り出す工法の改良を研究しているうち、偶然、酸化鉄を主成分とする金属酸化物に、強い磁性を示すものがあることに気づきました。こうして発明されたのが世界初のフェライト磁石であるOP磁石です(現在のフェライト磁石の前身で、磁鉄鉱と亜鉄酸コバルトを成形して焼いたもの)。さらに両博士は、永久磁石となるフェライトのほかに、トランス(変圧器)の磁心(コア)材料として利用できるフェライトも発明して、それまで知られていなかったフェライト・ワールドの扉を開くことになりました。
TDKは日本の独創的な発明であるフェライトの事業化を目的に、1935年に設立されました(当初の社名は東京電気化学工業。TDKはその略称)。折りしも当時は、高周波(高い周波数の交流電流)技術が発展期を迎えていた時代。TDKのフェライトコアは、無線通信機やラジオのアンテナコアなどに採用され、戦前から終戦(1945年)までに、約500万個が出荷されました。終戦後もテレビのブラウン管やトランスのコア、テープレコーダやVTRの磁気ヘッド、ノイズ対策部品など、フェライトの用途はますます拡大。近年はハイブリッドカーのバッテリ電圧変換器(DC-DCコンバータ)など、省エネ・省電力化にも大きく寄与、その重要性は高まる一方です。
電気・電子技術分野における世界最大の学会であるIEEE(電気・電子技術者協会)では、社会や産業の発展に大きく貢献した歴史的業績を“IEEEマイルストーン”として表彰しています。電気・電子技術のノーベル賞ともいえるこの権威あるIEEEマイルストーンに、2009年、東京工業大学とTDKによる「フェライトの発明とその工業化」が認定されました。日本では東海道新幹線、八木・宇田アンテナ、電卓、VHSビデオなどに続く10番目の認定です。
磁性セラミックスであるフェライトの不思議な性質
そもそもフェライトとは、どんな物質でしょう? おそらく多くの人にとって、一度ならず耳にしたことはありながら、どこか雲をつかむように捉えどころのない存在のはずです。
『広辞苑』には、「鉄とコバルト・ニッケル・マンガンなどの酸化物で、もっぱら高周波回路において使用される強磁性材料」とありますが、電気・電子材料に不案内な人にとっては、さっぱり要領を得ません。そこで、まずは広大なフェライト・ワールドを探索するための糸口として、身近なフェライト磁石を取り上げてみましょう。
冷蔵庫の扉やホワイトボードなどに、紙押さえとして黒っぽい磁石が使われています。これがフェライト磁石です。
かつて、磁石といえば金属(合金)でしたが、従来の常識をくつがえす強磁性材料として新登場したのがフェライトです。強磁性材料とは簡単にいえば磁石に吸いつく材料のことです。フェライトの主成分は酸化鉄、いわば鉄サビです。鉄は磁石によく吸いつきますが、赤サビといわれる通常の鉄サビ(α-Fe2O3)は、ほとんど磁石に吸いつきません。鉄サビを主成分とする酸化物が磁石になるというところが、フェライトの第一の不思議です。
強磁性体は硬磁性体と軟磁性体に大別されます。これは材質が物理的に硬い・軟らかいという意味ではなく、磁気的な性質のタイプ分けです。永久磁石となる鋼(炭素鋼や磁石鋼)は硬磁性、電磁石の磁心(コア)などに使われる軟鉄は軟磁性の材料です。磁気的な硬軟はフェライトにもあり、永久磁石となる硬磁性材料はハードフェライト、トランスコアなどに使われる軟磁性材料はソフトフェライトといいます(一般にフェライトと呼ばれるのはソフトフェライトです)。
鉄などの金属系磁性材料とフェライトとが電気的に違うのは、その抵抗値です。金属は抵抗値が低くて電流をスムーズに通しますが、フェライトは抵抗値が高くて電流をほとんど流しません。フェライトは酸化鉄を主成分とする粉末原料を、セラミックス製品のように成型・焼成して製造されます。つまりフェライトとは磁性セラミックスのこと。瀬戸物(せともの)が碍子(がいし)などに利用されてきたように、セラミックスであるフェライトは電流を流しにくいため、高周波利用の機器に適した磁性材料となります。
たとえば電磁調理器やIHジャーでは、高周波電流によって金属鍋を加熱していますが、高周波コイルのコアの発熱(電力ロス)が問題になります。フェライトは絶縁体に近いため、発熱が少なく、コイルのコアとしてうってつけなのです(金属系のコアでは、鍋を加熱する以前に、コア自体が赤熱してしまいます)。
フェライトは無限の可能性を秘めた材料
磁石の製造現場などは、見たことがないという方がほとんどでしょう。ハードフェライトは生まれつき磁石なのではありません。成型・焼成して生まれたばかりのハードフェライトは、まだ磁化されていないただの磁石材料です。これに、コイルから発生させた強い磁界を加えることで、初めてフェライト磁石となります。これを着磁といいます。ソフトフェライトは、一時的に磁石となるだけで着磁されませんが、磁性体ですから当然ながら磁石には吸いつきます。
では、鉄やフェライトなどの磁性体はなぜ、磁石に吸いつくのでしょうか? 磁性体は多数のミクロの磁石がバラバラの方向を向いた物質です。そこに外部磁界(磁石やコイルからの磁界)が加わると、ミクロの磁石は磁力線の方向にそろい(磁化)、全体としてN極・S極をもつ磁石のように振る舞います。磁化されるとは、一時的に磁石となること。つまり、磁石が鉄やフェライトを吸いつけるのは、磁石どうしが吸いつくのと根本的に同じ現象です。
鉄は加熱していくと、やがて磁石に吸いつかなくなります。この温度をキュリー温度(キュリー点)といい、鉄では約800℃です。フェライトは微量の添加物などにより、多種多様な特性のものをつくることができ、キュリー温度もある程度自由に調節できます。
キュリー温度を超えると磁石に吸いつかなくなるというフェライトの性質は、温度センサとしても機能することを意味します。これはとくに感温フェライトと呼ばれます。永久磁石であるハードフェライトと、ソフトフェライトである感温フェライト、そして軟鉄片のリードスイッチを組み合わせた感温リードスイッチというものがあります。現在ではあまり使われなくなりましたが、ハードとソフトの2タイプのフェライト、キュリー温度、磁束の流れなどを理解するうえで格好な例です(下図)。
本シリーズのプロローグとして、磁性材料そしてフェライトの不思議な性質をいろいろと列挙しましたが、それらについては本シリーズの中で、おいおい詳しく解説することにします。「フェライトには森羅万象が含まれている」ともいわれます。これはフェライトという磁性材料の面白さ・奥深さを物語るもの。フェライトは汲めども尽きぬ泉のように、今なお無限の可能性を秘めています。
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