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GRAIN58 フェライトのひとり言

談話室

電磁波が"曲がる"不思議を、いかに理解し、またいかに制御すればよろしいのか、といったお話をあれこれとりとめもなくさせていただいたが、改めて断るまでもなく、マイクロ波の交錯する現実の世界は、複雑かつ深遠な数々の謎に満ち満ちており、ご覧いただいてきたフェライトの「手品」もそのひとカケラに過ぎない。

実際の話、強磁性共鳴を巧みに利用したマイクロ波用素子にもいろいろあって、わざわざ共鳴点に狙いを定めた共鳴型アイソレータという変わり種もあるかと思えば、共鳴点を超えてしまった領域で威力を発揮する集中定数型サーキュレータ(DETAIL-1)などの素子もある。働きぶりもさまざまで、位相ズレを生じさせるもの、周波数の変換機能を発揮するものなど、多彩である (DETAIL-2)。

だが、そうした多種多様な応用世界を築き上げたのは、結局のところ、真理は究められるものであり、確定するものではない、という、人智に対する戒めだったのではあるまいか。というのも、強磁性共鳴現象とは、マイクロ波の電磁気的なエネルギーのほとんどをジュール熱に転換してしまう"最大の損失要因"であり、ここに何かうまみのある応用価値を探そうなどという発想は、時代の定説や権威を絶対視する頭からは生まれにくい、と思われるからである。

現在私達は、フェライトの磁気特性を制御する原料、添加物、混合化、焼成プログラムといった操作因子を、およそ50ほど数え上げることができるわけだが、いま仮に、それら50因子のそれぞれについて、3通りの水準を設定し、その組み合わせの結果としていかなる磁気特性が得られるかを試しにかかったとすると、ことさらに頭を悩ます必要もなく、すぐさま"やる気"がなくなる。1兆の1兆倍という天文学的な数の組み合わせをこなすには、何よりも先に不老不死の妙薬を発明しなければならないからである。

きわめて高い水準を達成した高品位フェライト材の特性が、酔狂な技術屋のひらめきから得られたとするなら、まさしくそれは"偶然の産物"ということになるし、フェライト応用分野の近未来もまるでアテにならなくなる。

しかし、これまでの経緯からおわかりのとおり、フェライトの磁気特性は、結晶微細構造がそのまま投影されたスクリーンのようなものである。化学成分、結晶構造、欠陥、グレイン径、空格子や不純物の分布状態、粒界層の厚み、空孔量などが、それらを認知する能力の有無、レベルにかかわらず、確実に特性データにはねかえる。

つまり、このことを裏から言えば、電子の住む極小宇宙の構造をさらに確かなモデルでとらえ、その上に結晶体の微細構造を徹底的に解析する努力を重ねることにより、ほとんど霞のように混沌としてとらえどころのない投影画像から、実験するに値する真に有効なポイントだけを的確に選びだすこともできそうで、そうなると、50ほどの制御因子もさらに増え、それらのひとつひとつを今の水準よりさらに高いレベルで適正かつ思うがままに制御することも可能になり、日々刻々進化する時代ニーズを先取りした磁気特性を次々に実現することも決して夢ではない、ということになるだろう。

磁気バブルメモリや磁性流体(写真)、磁性インクといったフェライト応用技術も、もちろんまぐれ当たりの結果ではない。光磁気記録や抗ガン剤の磁気誘導装置などなど、近年におけるフェライト応用技術の急速な進展も、微に入り細をうがつそのような取り組みにより着実な成果を重ねつつ、これまでにない応用世界の扉を開こうとしている。

DETAIL-1

これまで述べてきた導波管型や同軸分岐型のサーキュレータは、フェライト素子中に定在波を立たせる必要から、電磁波の半波長幅にフェライト円柱の直径を合わせてやらなければならなかった。つまり、1GHzを下回るような低周波では大きさの点で問題が生じるわけである。そこで、開発されたのが、集中定数型サーキュレータというわけである。その仕掛けのミソは、一本ずつ分離絶縁し、互いにコイルを1巻きするようにからませた導体(L)と、それらの端子に付加された同調コンデンサ(C)による共振現象にある。つまり、LとCの共振が、あたかも定在波が存在するかのような作用をフェライトに及ぼし、結果、直径わずか15mm、厚さ1.5mm程度のフェライト素子でも、十分な回転性能を得ることができる。

DETAIL-2

例えば、YIGの単結晶を用いると、従来の空洞共振器型フィルタでは実現困難であった広帯域な可変同調フィルタが得られる。また、μ"+ が最大となる共鳴ポイントを狙った共鳴型アイソレータは、すでに古典に属するという声もあるが、ミリ波帯域の実用がさらに進めば、再び脚光を浴びる可能性を秘めている。

自然科学の世界に限らず、およそ他界とのかかわりにおいて、冷徹かつ真摯な態度を貫こうとすれば、「違いない」という確信に対して間髪おかずに「かもしれない」という疑いを発動せざるを得なくなる。鉛ガラスを通過する光が曲折する現象を発見したファラデーの革新的な思索が、マクスウェルの電磁場理論に展開され、ついに300年もの長きにわたり争われてきた光・エーテル伝播論争に終始符を打ったアインシュタインの特殊相対性理論に結実していく一大科学史ドラマのダイナミズムも、まさに、尊大な自信と徹底した懐疑のないまぜになった人間ドラマとして眺めてこそ、曖昧模糊とした人智の可能性、すなわち「輝ける未来」なるものにも、何がしか実体のありそうな手触りを覚えるのである。

ともすれば、化学万能と思われがちなこの時代に、フェライトは、ミステリアス、かつ極めて示峻的な戒めに満ちた小宇宙として、私達のてのひらの上に存在している。フェライト磁性の根源と規定してきた、量子力学的解釈によるスピン磁気モーメントひとつをとってみても、実際にこの目で確かめられているわけではまったくない。もし、仮に、冒頭、GRAIN 1に登場した磁気単極子なるものが現実の世界で発見されれば、その瞬間に、本書の内容は根底からくつがえり、全面的に否定されることになる。「存在しない」という事実に「もしかしたら」と疑いをかけることを忘れてもらっては困るよ、というフェライトのつぶやきを聞くことは、そのような意味において、自然を畏敬する者すべてに与えられた未知世界への通行証であり、興奮ですらある。

さて、正負円偏波のμ値の開きには、難しくも楽しい謎解きがまだまだいろいろひかえているのだが、以下、μ値に関する最も基本的な疑問にお答えしたあとは、気分転換に「針になったフェライト」の身の上話にお付き合いいただいてから、ハードフェライトの極小宇宙に船を進めることにしたい。

それは、フェライト宇宙に踏み込んだ方が、おそらく、まず最初に首をかしげる疑問であろうと思う。グラフの原点といえば、一般にゼロを置くのが相場であるが、なぜ、μの軸に限っていつも1なのか。GRAIN 14の解説欄で触れたことでもあるが、フェライトにおける透磁率μは、μ0(真空の透磁率)+I(磁化)/H(磁界)で表わされる。確かにこれはμの定義そのものなのである(MKSA単位系)。ところが、実用レベルにおいては、もう少しはっきりとフェライト個々の実力を検討できるμ値が欲しい。つまり、フェライト素子を用いた場合とそうでない場合の効果の差が一目瞭然となるようなμ値のとらえ方が要求されるわけである。

すぐさま思いつくのが、一定不変の透磁率、すなわち真空の透磁率μ0である。この値でくだんのμ値を除してやれば、真空に対するフェライト磁性の"はだか"の効果がすぐに理解でき、他の磁性物質との比較検討なども容易に行えることになる。そこで、広く用いられるようになったのが、μ/μ0で示される比透磁率μrの値であり、本稿においても、μ特性を示すグラフおよびそれらの説明にはもっぱらこの値を採用してきた。

改めて原点が1となる理由を簡単な計算で解いてみよう。μr=μ/μ0=[μ0+I/H]/μ0= μ0/μ0+I/μ0H=1+I/μ0Hとなり、確かに、GRAIN 49で詳説したとおり、自然共鳴および強磁性共鳴ポイントにおいてμ"成分が極大となれば、この式におけるI(μ'に寄与する磁化成分)はゼロと化してしまうが、その前に残された1が残ることになり、グラフの原点は常に1と示されるわけである。

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