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GRAIN55 実用の素子選び

実用の素子選び

仲間内の天才といえば、ひらめきや頭の回転が、うなぎの蒲焼きにおける松竹梅の「松」程度であることに対する評価だったりするが、アインシュタインのような世紀の天才となると、脳ミソのニューロン回路も自分のそれよりはるかに緻密かつ複雑に組まれているんだろう、といじけた気分になったことなど生まれてこのかた一度もないという御仁こそ、本物の天才なのである、という上から読んでも下から読んでも的なご高説をうけたまわったことがある。卓越した天賦の才も、高慢などという世俗批評をはるかに超えた絶対的な自信のバックアップがなければ、世を変えるほどの発明、発見には至らない、という含み多き卓見であるが、フェライトが凡才の松レベルにとどまるか、天才の域に達しているかは、もっぱらその脳細胞の量、すなわち単位体積あたりに宿る磁気モーメントの量を計ればわかるのであるから単純である。群を抜いていれば、それはやはりすごい仕事をしそうだ。

そこで、飽和磁化Isで世人をうならせるほどの天才フェライトもまた、どんな応用分野に担ぎ出されても相当な仕事をこなすのではないか、と思えるのだが、しかし、ことマイクロ波相手の実用世界においては、世紀の天才も、とんだ失態を引き起こすことがある。

そこで、ここはひとつ、アメリカのCATV中継システムなどで活躍している衛星放送対応・低ノイズコンバータ用アイソレータをモデルにとりあげ、飽和磁化Isと周波数にまつわる"事情"を談話室風にお伝えしようと思う。

3本足のサーキュレータの1本の足(背面の突起)を整合終端しているので、電磁波は1から2へは通過できるが、2から1へ抜けようとすると、3、すなわち背に取り付けられた終端抵抗に導かれて熱に変わり消失してしまう(直流磁界Hdcが上から下へかけられているので、電磁波は進行方向左に曲がることになる)。つまり、この部品は、2から1へ抜けようとする逆行成分ににらみをきかせる門番の役割を果たすわけで、電磁波をアイソレート=単独に隔離、分離する回路、という意味から、アイソレータと名付けられている。

さて、例題を具体的に展開するために、まずはこの門番の心臓部である内蔵フェライト素子の飽和磁化Isを設定する必要があるが、アメリカの衛星放送は、周波数4GHzのマイクロ波を採用しているので、その値はおおむね1000ガウス辺りになる。ところが、代表的なマイクロ波用フェライト材料の"頭の出来具合"を示す下のグラフにあたると、そのポイントには、なんとすべての組成系が自信顔を連ねており(リチウム系は、きわどいが)、どの組成を起用しても門番役はつとまりそうである。

そこで、これらの組成から使いものになる天才を選り分ける"ふるい"となるのが、マイクロ波応用世界ならではの、やんごとなき"事情"である。 赤道上空はるかかなたから電磁波に乗って送られてくる信号は、地表のパラボラアンテナに到着するまでに大きく減衰し、まさに消え入らんばかりに弱まっている。それが、アイソレータのフェライトを通り抜ける際に信号と呼べる体裁すら維持できぬほどに消耗させられたのでは、後段に控えた増幅回路による蘇生の試みも徒労に終わるよりほかない。つまり、地上に届くまでにすでに虫の息となった電磁波を受け入れるフェライト素子には、通過する電磁波をそれ以上消耗させない"才覚"の優劣が問われることになる。

さて、すでにご覧いただいたように、フェライト素子を通過する際に電磁波がこうむる損失(すなわち挿入損失)とは、とりもなおさず動作領域におけるμ"成分を意味している。となると、強磁性共鳴によるμ"の山すその広がりが動作領域aにどこまで迫ってくるかが大いに気にかかるわけである。

つまり、ハイIs組成のNiZn系のように脳細胞(磁気モーメント)がぎっしり詰まった天才でも、損失項μ"成分の山すそが動作領域に重くのしかかってくるような組成には、この例題の門番をまかせるわけにはいかない。

そこでこのアイソレータの門番役にはどんな天才が採用されているか、気になるところであるが、再び各種組成系の対応領域分布をご覧いただきたい。

このグラフに示すとおり、現在実用化されている代表的なマイクロ波用フェライト組成の飽和磁化Isは、YAlIG(YIGのAl置換体)系の200ガウス(0.02テスラ)からNiZn系の5000ガウス(0.5テスラ)に至る範囲をカバーしている。ニッケル(Ni)系、マグネシウム(Mg)系、リチウム(Li)系からなるスピネル型フェライト(これまでに登場したフェライトの結晶構造はすべてこのタイプに属する。すなわち、イオンの結びつきが立方晶を構成し、8化学単位で1単位胞を構成する結晶タイプ)の磁気的損失の目安となるΔH(強磁性共鳴ポイントに発生するμ"ピーク値のちょうど半分の値に対応する直流磁界の幅)は、概ね40kA/m(500Oe)程度であるが(ΔH1モデル)、中にはMgMnAlフェライトのように、8kA/m(100Oe)以下のものもある。グラフからもわかるように、ΔHの幅が狭いほど動作領域aにμ"の山すそが覆い被さる危険は遠のく。しかし、残念ながらこのMgMnAl組成系は、磁化機構を喪失するキュリー温度が100℃前後と低いため、実用温度領域におけるIsの低下も著しく、せっかくの高密度ニューロン組織も単なる迷宮と化してしまう

そこで(例題のアイソレータのように)とくに高い飽和磁化が要求されない実用例においては、ΔHが約4kA/m(50Oe)と極めて狭く(ΔH2モデル)、飽和磁化もそこそこ稼げるYIG系フェライトや、そのGd、Al置換体に白羽の矢が立てられることになるが、さて、時節ではこの天才のひらめきを研ぎ澄ます操作についてご覧いただこう。

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