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GRAIN51 開いたμ値のミステリー

開いたμ値のミステリー

直線偏波を正負ふたつの円偏波成分に分解した前節の観察によれば、フェライト素子に加えられた直流磁界Hdcの増大に伴うμの低下とその先で起きる負の極大、正の極大は、もっぱら正円偏波透磁率μ+の低下と共鳴現象によってもたらされるのであった。つまり、直流磁界Hdcの方位(すなわち高周波磁界の進行方位)に向かって右回りに首を振るフェライト中の磁気モーメントは、逆回転となる負円偏波を加えられても損失要因となる挙動をほとんど起こさないが、同方向に回転する正円偏波にさらされると、激烈な共鳴型変化を示すことになる。

そこで、直流磁界Hdcと正負ふたつの円偏波のμ値の関係を示す下のグラフに再びご注目いただきたい。直流磁界を印加されたフェライト素子中を直線偏波が通過するときにその偏波面がねじ曲げられる現象は、正負両偏波の損失がほとんどゼロのポイント、すなわち直流磁界をわずかに加えたポイント(青い矢印の領域)において引き起こされる。じつは、この領域においてふたつの円偏波の透磁率、μ'+とμ'-の値が1を挟んで分離している点がミソなのであるが、ここで、改めて思い起こしていただきたいことがある。

I(磁化)/H(磁界)で表される(定数μ0は省略)μの"意味"は、極まるところ超ミクロなスピン磁気モーメントの挙動、すなわち磁界変化に対する追従能力にいきつく。しかしながら、初磁化曲線がなめらかなS字カーブを示す理由(GRAIN 13)と同じであるが、実際に観測されるμの大きさは、1個や2個のグレインを単位として計測されたものではなく、フェライト素子まるごとで観測されるI/Hということになる。つまり、ある特定の大きさの外部磁界にさらされたフェライト素子が、その全容積に宿す磁気モーメントの方位を、トータルとしていかほど磁界方位に傾けたかを示す値が、すなわちこのグラフに示されたμ値の実体ということになる。

そこで、正負の円偏波に生じるμ値の開きとファラデー回転の謎めいた関係をあっけなく解き明かしてしまったのが、下の電磁波伝ぱんモデルである。

ご承知のとおり電磁波は空気中を光速で伝播するが、フェライト中に進入すると、その速度は遅くなる。光同様、周波数は空気中も物質中も一定であるから、このモデルに示すとおり、空気中を1/2波長進むのにt1〜t5(4Δt)の時間を要する電磁波は、フェライト中においてもt1〜t5(4Δt)の時間をかけて1/2波長だけ進む。したがって、左端のアンテナ・ポイントから時刻t1に発射した電磁波は、4Δt後に、空気中ではa、フェライト中では波長が縮み(速度が遅くなり)bに到達することになる(フェライト素子の長さを1/2波長に合わせている)。

さて、ここで、先程確認したμ値の"意味"が効いてくる。すなわち、フェライト素子の端面から進入した正負ふたつの円偏波のそれぞれが、フェライト素子の長さだけ進む間に、それぞれの磁界方位の回転に追随して自らの向きを揃える磁気モーメントが、どれだけ現れるか。その量の大小を示す指標が、μ'+とμ'-の値ということになる。

そしてここで重要なのは、どちらの円偏波にさらされても、磁気モーメントの回転周期は(位相ずれを抱えながらも)、円偏波の回転周期とピタリと一致していることである。このことからも、正負ふたつの円偏波のμ値は、両者がフェライト素子を通過する間に頭を回された磁気モーメントの"量"、すなわち、"単位距離あたりにどれだけ多くの磁気モーメントを磁界方位に引き付けることができるか"によって決まることになる。つまり、グラフ中青い矢印で示した低Hdc領域に見られる両者のμ値の開きは、"単位距離あたりの回転角"の差を反映しているものと考えられ、2に迫るμ値を示す負円偏波の"回転角"のほうが、0レベル近傍まで落ち込む正円偏波のそれよりかなり大きくなることを示唆している。

円偏波は螺旋状に進行する電磁波だが、"単位距離あたりの回転角"が大きくなるということは、波長が短くなり螺旋の密度が増すということにほかならない。反対に"単位距離あたりの回転角"が小さくなれば、波長は長くなり(もちろん空気中よりは短いが)、螺旋の密度は粗となりμは低下する。その結果として、負円偏波と正円偏波の回転にはかなり大きな"位相ずれ"が生じるはずである。となると、アンテナから等距離に位置する複数のポイント(たとえばt5〜t1の各ポイント)にある正円偏波と負円偏波の合成偏波面の傾きが、どこも"同じ"というのは、理にかなっていないことになる。フェライトとマグネットだけでマイクロ波を鮮やかに曲げてみせるファラデー回転子が、いかにも練達の手品師めいて見えるので、謎解き、などと意気込んでみたが、以上の理屈で、フェライト素子中をbまで到達した直線偏波を正円偏波成分と負円偏波成分に分解してみると、螺旋のゆるんだ正円偏波の先端は、cに至り、引き締まった負円偏波はdまでとなり、これではマイクロ波の偏波面が回転しないほうがおかしいことになる。もちろん、フェライト中の各ポイントにおける偏波面の傾きは、現在時刻t5が、このあとt6、t7、t8・・・と進んでいっても不変であり、偏波面の最終的な回転角(このモデル図では90°)は、時刻の変化にかかわらず常に一定に保たれることになる(そこまで絵にしてみたかったが、モデルのサイズがB5ノートPCの画面に納まらなくなりそうなので断念。両偏波の矢印を順繰りに動かしていただければ幸いです)。

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