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GRAIN47 磁歪振動子の得意技

談話室

マッチ箱くらいの小さな磁歪振動子をポケットに突っ込んで持ち歩いていたことがある。なかなか良く焼けたサンプルだったが、コイルも何も巻いていない無垢のままの振動子は、知らない人が見たら、なんとも奇怪なかたまりに映るらしく、いったいそれは何に使うものなんですか、とよく質問された。これは文鎮にすると、なかなか具合がよろしいですよと、逆に大変な発見を教わったこともある。さっそく自宅に持ち帰り紙押さえにしてみたら、形といい色といい、見ようによってはいにしえの発掘品のようでもあり、なるほど重さの加減もじつに調子が良い。こうしたアイデアも含め、フェライト振動子の優れた使い道となると、まさに枚挙にいとまがない。

そのなかでも、10kHz〜100kHz帯を得意とするフェライト振動子の腕のみせどころといえば、超音波の照射によって発生する海水中の弾性波の反響を利用した魚群探知器であろう。近頃では5トン以下の趣味人相手の釣り船にすら、カラーモニターを組み込んだ最新鋭魚群探知システムが搭載されており、下の写真からもおわかりのとおり、コンピュータライズされたカラー表示システムの解像力は、じつにきわだっている。少し経験を積めば、映像を見ただけで魚の種類すら判別できるというくらいだから、食用に獲るばかりでなく、海洋資源の探査や保護、魚類の研究、飼育技術の向上などにも大いに役立っているそうだ。

もう少し直接的な応用例としては、共振周波数20kHzの振動子に、工作用鋼材を装着した振幅拡大ホーンを固定し、約1分間ほど駆動すれば、かの超硬合金タングステンカーバイドの表面に15mmほどの穴をいともたやすく開けることができる。工作用鋼材先端の振幅は、拡大ホーンを使用してもわずか50〜120μmにしかならないが、なにしろ1秒間に2万回もの衝撃破砕が工具直下のスポットに集中するわけで、さしもの超硬合金もたまらず音を上げるというわけである。また、この強力な振動エネルギーを摩擦熱に転換した応用例としては、ICやトランジスタのワイヤボンディング、電解コンデンサの超音波結線などがある。

ところで、人間の耳は、0dB(10-6W/cm2)から120dB(10-4 W/cm2)くらいの音を許容できるが、磁歪振動子の出力は軽く5W/cm2を超えるものがざらであり、これを水などの液体中に照射すると、じつに興味深い現象が引き起こされる。

液体中に存在する任意の一点を想起していただきたい。照射以前のその点は静圧を保っているが、そこへ比較的弱い超音波を照射すると、液体分子の粗密が弾性波となって伝播する。当然その一点にも静圧レベルをまたいで圧力の増減が起こることになるが、そこで超音波の振幅を次第に大きくしていくと、ついに減圧側で圧力ゼロを下回る理論上の"負圧"が生じ、その瞬間、液体分子は引き裂かれ、真空の空洞が幾条もの気泡の奔流となって噴出する。そして、この空洞は、ほとんど一瞬の後に襲来する圧縮位相でものの見事につぶされることになるが、このとき液体分子が激烈に衝突し、きわめて大きな局部的衝撃音圧が発生するのである。プリント基板や半導体素子の洗浄に絶大な威力を発揮する特異現象であるが、このほかにも、2液相の分散乳化作用、脱気脱泡作用、化学反応促進作用などの効果も実用化されている。

プリント基板や半導体素子の表面に付着した汚れ層の一部は、空洞消滅時の衝撃的音圧で物理的にはぎ取られるが、衝撃は同時に繊細な気泡を発生し、この微小気泡は音圧の変化に伴い膨張収縮を繰り返しながら、汚れの層と被洗浄物表面の間にできたわずかな間隙に入り込み、汚れの層を下から押し上げるように見事にはがし取る。

"超"の付く能力を秘めた文鎮を持ち歩いていても少しも偉くはないが、その応用の可能性の広がりと効用の底深さにふと思いを走らせるとき、人目をはばかりながらもつい頭を撫でてやりたくなる。あのとき以来、我が家の机の隅に影のように控えている小さなπの字形の紙押さえは、そのようなわけでいまやすっかり磨きがかかり、骨董屋の黒楽茶碗のように黒光りしている。

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