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GRAIN48 自然共鳴を超えた世界

自然共鳴を超えた世界

不要電磁波吸収素子や、磁歪振動子のように、損失要因を排除するどころかむしろ積極的に取り込む"異端児"をいくつかご紹介したが、ソフトフェライトの応用分野における主役といえば、これはもちろん、ハイμやハイB、低損失化を追求した秀才肌の高品位フェライト材ということになる。

しかし、共鳴現象の話の折に詳しく触れたように、いかなる逸材といえども体力には限りがある。交流磁界の周波数が高まるにつれ、まずは磁壁が動けなくなり(GRAIN 24,25)、からくもμの喪失を食い止めていた磁区内磁気モーメントの首振り運動も、自然共鳴のきらめきの後に完全に終息してしまうのであった(GRAIN 28)。少し前の話なので、ハテと首をかしげる方もおられるかもしれないが、要するに、磁気モーメント固有の振動数ωに交流磁界の周波数が達することにより、それまで磁気モーメントの首振り運動にブレーキをかけていた制動因子があたかもゼロとなってしまうような事態、すなわち磁気モーメントの方位と交流磁界のそれの間にちょうど90°の位相差が生じる瞬間がもたらされ、下のモデルに示すように、個々の磁気モーメントはHA方位を軸とする減衰なき首振り運動に誘い込まれてしまう。交流磁界のエネルギーが磁束密度ではなくフェライトの温度上昇に浪費されてしまうのだから、損失も一気に高まる。つまり、それ以上の高周波領域では、磁壁移動による磁化はもちろんのこと、磁気モーメントの方位転換によるわずかな磁化すらも起こり得ず、いかにハイμ、低損失を誇る"秀才"といえども、自然共鳴周波数f0(n)を超えた世界では熱を発するだけの石コロに化す、という話であった。

ところが、ここに、自然共鳴周波数(おおむね300〜3000MHz)をはるかに上回る高周波電磁波(マイクロ波)を誘い入れ、その振幅面にひねりをかけて送り出すという、世にも奇怪な技を披露するフェライト材が登場する。マイクロ波用ファラデー回転型アイソレータの心臓部に組み込まれる円柱状のフェライト素子であるが、この素子自体には凝った仕掛けなど何も施されていない。

そこで、なんとも奇妙なこの素子の動作原理も含め、自然共鳴周波数の先に広がるミステリアスな応用世界の全貌を、次節よりじっくりとのぞいていただこうと思うわけであるが、それにしても、この一節をその前口上とするのは、どうも能がなさすぎる。ここはひとつ、ミステリー小説にならって、謎解きの伏線となる重大な鍵を以下の補足解説に仕込んでおこう。

GRAIN 28「μの終着駅/自然共鳴」の繰り返しになるが、自然共鳴周波数f0(n)は、μの値が低いほど高周波側に現われる。μの値が低いということは、とりもなおさず磁気モーメントの方位転換を邪魔する結晶磁気異方性エネルギーの障壁が際立っていることを意味しているので、その高さを示す結晶磁気異方性定数K1、すなわち異方性磁界HAが大きいほど、f0(n)は、高周波側に現われることになる(といっても、上記のとおり、その上限はせいぜい3000MHz辺りであるが)。となれば、HAの作用をはるかに上回る強大な力で磁気モーメントの方位をさらに強く固定したら、どうなるか。磁気モーメントが首を振り続ける共鳴現象が、f0(n)よりさらに上の高周波領域で起きることが予想されるわけだが、じつは、上のモデルには、その"強大な力"、すなわち、変哲もない円柱状フェライト素子に奇怪な技を付与する唯一の仕掛け、マグネットによる強力な直流磁界Hdcが印加されているのである。つまり、この円柱状フェライト素子は、マグネットによる強力な直流磁界の作用で、下のグレインモデルに示すとおり、完全飽和*に達しており、自然共鳴周波数レベルでは、テコでも首を振らない。

*すべての磁気モーメントが磁界方位を指し示す状態。この単一のグレインモデルのHA方位はHdc方位と一致しているが、フェライトを構成するあまたのグレインを巨視的に眺めれば、HAとHdcの方位はランダムに交差することになるので、磁気モーメントは、両者のベクトル合成方位を向くことになる。しかし、直流磁界Hdcがひときわ強大な場合はそのズレはほとんど無視できるほどの微小値となるので、フェライトを構成するすべてのグレインの磁気モーメントが、ほぼHdc方位に頭を揃えていると考えてかまわない。

なお、マイクロ波の進行方向に平行に直流磁界Hdcをかけたフェライト素子を通過する際に、マイクロ波の偏波面が進行方向(Hdc方向)右回りに回転するというこの奇怪な現象は、1845年、かのファラデーにより発見されたので、フェライトによるこの現象を用いたアイソレータは「ファラデー回転型」と呼ばれている(ファラデーが用いたのは鉛ガラスと偏光であったが、その実験の構成原理は上のモデルとまったく同じであった)。

ファラデー回転現象を巧みに応用したアイソレータの基本原理である。円形導波管の中央に、左から右へ伝ぱんする電磁波と同じ方向(順方向)に磁化したフェライト素子を固定し、その手前にテフロンやベークライトの板にカーボンを塗布した電磁波吸収体をセットする。平行に描いたブルーのラインは電磁波の磁界成分(磁力線)の一部を示し、ウェーブはその極性転換と強弱を示している。磁界成分と同位相で直交している電界成分(電気力線)は一部のみ描いた。そこで上側のモデルをご覧いただこう。順方向に進行する電磁波の電界成分(電気力線=グリーンのライン)は、吸収体と直行するのでなんら影響を受けずにそのまま通過し、偏波面はフェライト素子を通過する間に右へ45°回転し、そのまま開口部から出ていく。"仕掛け"は、その直後に逆行してくる不要な反射波に対して初めてその威力を発揮する。ファラデー回転の向きは(入射波の向きに関係なく)直流磁界Hdcの方位に対し常に右回りであるから、逆方向から入射した反射波は、その偏波面を進行方向左回りに45°ひねられることになる。つまり、電界成分は導波管の入り口に置かれた電磁波吸収体と平行に交わることになり、熱に変換され消滅してしまうのである。

さて、ねじれるマイクロ波のミステリーは、直流磁界Hdcに固定された磁気モーメントが、ついに首を振り出すシーンから始まるが、その様子は次節でじっくりご覧いただこう。

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