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GRAIN44 まるく納まらない金属イオン

まるく納まらない金属イオン

GRAIN 30(ゆがむ結晶格子)で、結論だけお伝えしたままになっている事象があった。フェライトの結晶格子は、一糸乱れず、規則正しく、整然と構成されているが、じつのところは"整然とゆがんでいる"のである、というくだりである。以下のように書いた。

「これまでに取り扱った単位胞モデルは、立方体であれ球体であれ、どれも歪みのない形で描いてきた。しかし、ある方位に磁化されたフェライトの結晶格子は、その方向(すなわちHeff方位)に伸びるか縮むかする(磁気ひずみ、あるいは磁歪と呼ばれる現象だが、その発生メカニズムについては、先で詳しくご覧いただく)。いや、この説明は正確ではない。結晶格子のゆがみは、外部磁界が作用しない状態でも生じ、磁区中の磁気モーメントが異方性磁界HAの方位に整然と頭を揃えている状態においても、HA方位に対してわずかながら伸びるか縮むかしているのである。磁化によるそうした結晶格子のゆがみは金属イオン間における超ミクロな磁気的相互作用の結果として現われるが、それはともかく・・・」

ということで、GRAIN 30では、不純物原子の少々困った挙動を追ったのだった。実用世界におけるハイB材の能力と才能の検証作業もほぼ一段落したので、お約束していた「金属イオン間における超ミクロな磁気的相互作用の結果として現われる」磁歪と呼ばれる現象について、この節から数回にわたり掘り下げてみたい。

さて、上のモデル(升目は単位胞を示している)に示すように、キュリー温度近傍の高温領域において完全な立方晶であったフェライト結晶が、実用温度では、HA方位に向きを揃える磁気モーメントの挙動によりひしゃげてしまう。角砂糖が菱餅になってしまうのである。そうなることで、磁気モーメントの方位はより安定することになるのだから、知的犯罪者、不純物原子のもたらす誘導磁気異方性と同じ作用をこの歪み現象は発揮していることになる。

そこで、磁気モーメントをある特定の方位に拘束する結晶磁気異方性エネルギーWkの障壁の高さを、結晶磁気異方性定数K1と称したのと同じように、磁気モーメントを磁界方位(異方性磁界のHA方位も含めて)に、より安定させる機能を発揮するこの"歪み"の大きさを下の式で定義し、その解を一般に磁歪定数λsと呼ぶことにしている。

ところで、磁気モーメントを安定させるように結晶格子が歪むというくだりを、結晶格子の中心に納まる金属イオンの立場を尊重して言い換えてみると、結晶格子に納まる際に、もっとも居心地が良くなるような"姿勢"を自ら選ぶ、といった表現になるだろう。つまり、結晶格子の歪みの度合いと磁化方位との関係(磁化の方向に縮むのか、それとも伸びるのかといった違い)は、金属イオンの種類はもちろん、落ち着く格子の種類、つまりA格子とB格子の違いなどによっていろいろなカタチをとることが予想される。

人間も、見ず知らずの人に肩を触れあうほど接近されると、たちまち不安や不快といった心理が発動し、身を引いたりかわしたりする。動物全般が宿すこのような防御本能が、攻撃か逃走かを命令するぎりぎりの距離を個体距離と呼ぶが、結晶格子に納まる金属イオンにも固体距離に似た"反応"のトリガーがある。まずもって、A、B副格子のモデル(GRAIN 4参照)からもわかるように、結晶格子とは、酸素イオンにグルリと取り囲まれたじつに狭苦しい空間である。そこに金属イオンが納まると、酸素イオンの電子雲(電子の存在確率分布=軌道)と金属イオンのそれとは密着というより、互いに重なり合うことになり、それぞれの電子雲に属する電子が、きわどく接近する機会も発生し(すなわち、-eの電荷が近接するので)、静電的な反発作用(緊張関係)が働くことになる。

そこで、遊離状態にある金属イオンの3d軌道の状態を量子力学の波動関数方程式を用いて確かめてみると、それぞれの軌道は、下に示すような関数値の等しい点の集合を示す5つの曲面ユニット(電子雲モデル)で示される(この曲面上では電子密度=存在確率がどこも等しくなる)。つまり、5つの軌道はそれぞれオリジナルな位置、形を持って重なり合い、全体として、球対称の軌道を構成している。そこで、遊離状態にある金属イオンが、フェライト結晶格子の中に納まると、これら5つの3d軌道(電子雲)はいかなる変化を示すのだろう。

例えば、酸素イオン6個に囲まれたB格子においては、それぞれの酸素イオンはこのモデル図x y z軸の両端に存在することになる。すると、5つの軌道の内、右の2つが、酸素イオンに最も接近しているので、より大きな静電作用が働き、エネルギー準位が高まる。一方、酸素イオンから離れている左の3つの軌道は反対にエネルギー準位がダウンすることになり、その結果、5つの3d軌道のエネルギー準位が大きく2つのレベルに分裂するのである(A格子においても両者の開きは狭いが同じような分裂現象が起こる)。その結果、遊離状態では球対称であった電子雲全体の形に歪みが発生することになり、実際に、分裂後の電子雲形状は金属イオンの種類によってさまざまな形態にゆがむことがわかっている。

Co2+(コバルトイオン)の場合など、分裂前は完全な球対称を成していた電子雲が分裂後は偏平状に歪んでしまい、そうなると、結晶格子へ納まる姿勢もあれこれと考える余地もなくなることが察せられる。下のモデルに示すように、結晶格子に納まったCo2+の3d電子雲、すなわち電子の存在確率分布(軌道)の形態と姿勢がここまで厳しく規定されると、その軌道上に存在する電子の磁気モーメントにも相当に強力な異方性が働きそうだが、予想にたがわず、コバルトフェライトは、きわめて大きなK1とλsを発揮する。

もちろん磁歪現象はμの低減、損失増大の元凶であるが、じつはこの磁歪現象がなくては一大事、という"男の仕事"がある。

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