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GRAIN37 低損失材の外交手腕

談話室

初透磁率領域、すなわち微弱な交流磁界におけるさまざまな損失要因とその発生機構について、あちこちのドアを開けながら思いつくまま描いた極微世界の概念モデルを中心に、ジャケットのほころびをつくろうような調子で話を進めてきたので、この節は少し気分を変えて、低損失フェライトの"実生活"をチラリとのぞいていただこう。

さて、いきなり核心であるが、何千チャンネルにも及ぶ音声信号を伝送する多重通信システムの最重要部品といえば、任意に周波数を分割する濾波回路、すなわち、所要の周波数帯域を通過あるいは分岐させ、不要な側波帯や混入信号を除去するフィルタということになろう。そうした選り分け機能は、低損失フェライトを用いたインダクタ(コイル)Lと、コンデンサCの組み合わせによって得られるわけだが、いうまでもなく、ひとつひとつの信号を送り手から受け手に間違いなく届ける使命を背負ったフィルタは、その特性にきわめて高い信頼性が要求される。

フェライトコアを用いたインダクタの温度係数は、コアに空隙をもうけることで得られる実効透磁率μeを適切な値に設定することにより、極めて正確に所望の値に一致させることができる。その際、損失もまた最も抑制されなければならず、その辺りのかねあいが低損失フェライト設計のかなめとなる。

見た目はもちろん、コアに巻線を施しただけのその構造も、単純そのもののインダクタであるが、渦電流損失や経時変化はもちろん、これまで見てきたさまざまな損失要因をぎりぎりまで抑制したきわめつけの低損失と秀逸な特性安定性が厳しく求められるという点で、この品をモノにするのは、じつはそうたやすいことではない。

たとえば、あらかじめ設定したフィルタの周波数特性が、環境温度の変化で変動したとしたら、これは多重通信システムの絶命を意味し、社会の大混乱は間違いなしである。

温度変化に伴いフィルタ特性が変動すると、それはただちに通話回線の混信や音声のひずみとなって現われる。この特性変動は、主にインダクタ特性とコンデンサ特性の組み合わせで設定される共振周波数のシフト現象に起因するもので、これを防ぐには、フィルタ回路の温度係数を実用温度(一般に0〜60℃)の範囲において、限りなくゼロに近づけなければならない。そこで、困るのは、フィルタを構成するコンデンサである。いかなる秀品でも、0〜60℃の範囲にわたり温度係数をゼロに保つのは容易なことではない。

しかし、要はフィルタ回路の温度安定性である。ならば、インダクタのほうをうまく選択すれば・・・、ということで、下に示す"足し算"とあいなる。

たとえば、負の温度係数を持つスチロ・フレックス・コンデンサを用いる場合には、正の温度特性を持つ低損失フェライトH6B材を用いたインダクタをあてがう。わずかに正の温度係数を示すマイカ・コンデンサを起用するなら、わずかに負か、ほとんどゼロに近い温度係数を誇るH6Z材で応じればいい。その結果、両者の温度係数は見事な相殺関係を成立させ、フィルタの温度係数は0〜60℃の範囲においてほぼゼロに保たれるわけである。

お察しのとおり、このような温度特性の微調整は、ハイμ制御の切り札として登場した2価の鉄イオンの精巧な制御によって可能となったわけだが、いかに優れた低損失材でも、いざ、"実生活"ということになると、一芸に秀でるだけでは使いモノにならない。相手に合わせて10や20の顔を使い分ける芸の細やかさと奥の深さがなくてはダメ、という、これは好例であろう。

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