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GRAIN36 微に挑み細を制する
微に挑み細を制する
渦電流による損失電力量と反比例の関係にあるグレインの比抵抗値は、3価鉄を4価のチタン(Ti4+)や4価のスズ(Sn4+)で置換することにより強化できることが確かめられたわけであるが、前々節のGRAIN 34で紹介した円柱状磁性材料における電力損失pを求める計算式によれば、比抵抗値もさることながら、渦電流損失は磁性材料の半径rの2乗に比例して増大するのであった。2乗というのは、大変な脅威である。比抵抗値をいくら高めたところで、まるで焼石に水という気すらしてくる。
そこで、くだんの計算式における半径rが、フェライトにおいては一体どこの厚み、あるいは幅、長さに相当するのか、おおいに気になるところだが、焼成プロセス、あるいは粒界応力について触れた折(GRAIN 16,17)に、グレインのひと粒ひと粒は「ガラス質」の粒界層で包まれている、とお伝えした。ガラス質であるから、グレインを包む粒界は、きわめて高い比抵抗値を持っていることになる。つまり、フェライトにおいては、粒界層にくるまれた個々のグレインの半径が円柱モデルにおける半径rに相当することになり、円柱状磁性体をグレイン1個に置き換えた反磁界Hdモデル(GRAIN 34)も、当を得ていたと言える。そこで、そのように考えてみると、グレイン1個の半径は、わずか数ミクロンであるから、2乗で効いていくる電力損失の脅威も「タカが知れている」と、とりあえずは無視できそうに思えてくる。
一方、フェライトのような微細な絶縁セル構造を持たない磁性材料(一般の金属材料)においては、計算式における半径rの値は、そのまま、磁界方位に直交するコア材断面の半径(または1/2幅)を意味することになるので、しかるべき対策が不可欠になる。蛍光灯の点灯回路に組み込まれた変圧トランスは、その好例である。なにしろ金属なので比抵抗値はきわめて低い。金属ブロックをそのままコアに仕立てたら、渦電流による電力損失は膨大な値に跳ね上がってしまい、まったく使いモノにならない。そこで、ご承知のとおり、このトランスのコア材は、金属磁性材料の薄板に絶縁処理を施し、ドイツの銘菓、バームクーヘンのように幾枚も重ねた構造をしている(もちろん形は無骨な角形だが)。薄板を一枚一枚絶縁し、きっちり重ねるとは、なんとも手の込んだ仕事であるが、電力損失を抑制するためには、極薄化、絶縁化、積層化が、実用化のための欠くべからざる条件となる。
しかし、高抵抗であるはずの粒界組織の仕上がり具合が怪しいということになると、フェライトの優位性もにわかにぐらつきはじめる。
そこで、前節で名を伏せた小さなブルーの球体の出番となるわけだが、すでにお察しのとおり、これらの微量物質は、「ガラス質」の粒界を生成する炭酸カルシウムCaCO3と酸化珪素SiO2である。102Ωmという比抵抗値を確実なものにするためには、これらの微量添加物を過不足なく分散させ、まさに微に入り細をうがつ気合いで均一かつ適正な組成、厚みの粒界層に仕立てなければならない。
上はグレインを輪切りにした「失敗例」の断面モデルである。(1)は最悪の状態、すなわち粒界成分の不足によるグレイン間の絶縁不良を示している。いかに高抵抗な粒界層であっても部分的に欠落していたのでは、電子はグレインからグレインへ一気に走り抜けることになる。反対に、粒界成分を過剰に取り込んだ例が、(2)である。高い絶縁性が保てたとしても、粒界層が厚くなりすぎれば、粒界応力が増大し、余剰な粒界成分がグレイン内に取り込まれるので、渦電流損失を云々する以前の重大問題、μiの大幅低下を招くことになる。さらに、適正な厚みと見事な均質性を備えた粒界層が生成されても、(3)に示すように、十分な比抵抗値が得られなければ、電流は辺り一帯のグレインに筒抜けとなる。
そして、さらにその先がある。万難を排し、ほれぼれするような粒界が生成されたとしても、焼成プログラムの最終段階においてほんのわずかな制御ミスが生じただけで、粒界成分は森を包む朝もやのようにグレイン内に拡散してしまい、精緻、巧妙の限りを尽くしたそれまでのすべての努力は、わずか数秒にして水泡に帰してしまう。 雰囲気焼成プロセスは、グレインの大きさと粒界層の状態が同時に最良となるように制御され、その最終段階(上の焼成プロセス図のeポイント)で、間髪入れず冷却過程に移行するように仕組まれなければならないが、この切り替えタイミングを誤ると、高温にさらされ続けて活性化した粒界成分がμiを低下させる不純物となって成長を加速するグレイン内(結晶格子間)に拡散し、電子の抜け道となる粒界欠損も生じる。過ぎたるは及ばざるが如し、と言うが、半径rの呪縛を無視できるフェライトならではの高抵抗絶縁セル構造を確実なものにするためには、1℃、1秒、まさに呼吸ひとつのズレもないプログラム制御の最適化が重要で、その見極め精度を上げるノウハウの蓄積の上に今日の低損失フェライト群が存在する、と言っても過言ではない。
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