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GRAIN35 損失あわてるイオン操作

損失あわてるイオン操作

局所的な電子交換も、連続的に行われると、電子1個が駆け抜けるのと同じ効果、すなわち電流の発生をもたらすことになる。その電流の向きが、交流磁界と同じ磁界成分を生み出すように流れてくれれば、何も問題はない。だが、電磁誘導の法則は、その反対の結果を常に要求する。といって、ハイμ特性を維持するためには、2価鉄を組成から締め出すわけにもいかず、ここに事態の深刻さがあるのであった。

だが、ものは考えようである。これまでは、電子を投げ出す2価鉄ばかりに目を奪われていたが、放出された電子をやすやすと受け取ってしまう3価鉄にもおおいに問題があるのではないか。さらに言えば、待ってましたとばかりに手を差し出す3価鉄が存在するからこそ、欲のない2価鉄は己の電子をホイホイと手渡してしまうのではないか。この現象は、そんなふうに見えなくもない。もし、そうであるなら、2価鉄が差し出す電子を拒否する金属イオンで、この欲張りな3価鉄を置換したらどうなるか。断固として受け取らなければ、いかに欲のない2価鉄でも、差し出しかけた電子を引っ込めざるを得ないのではないだろうか。

ともあれ、電子交換を拒否する頑固一徹な金属イオン、すなわち価数の安定した金属イオンで3価鉄を置換すれば、結晶中の3価鉄量が減る分だけは、確実に電子のホッピングは抑制されることになるだろう。都合のいいことに、フェライト結晶においてはB格子-B格子間の距離が最も短く、おまけに、A、B両格子の間にはエネルギー的な格差が生じているために、電子交換はもっぱらB格子-B格子間で行われる。つまり、3価鉄はA、Bどちらの格子にももぐり込むが、A格子に納まった3価鉄に関しては電子交換の心配がないので無視してもよい、ということになる。一方、2価鉄はどうかというと、これは好んでB格子に納まる。となれば、B格子を好む金属イオンを3価鉄の代役として投入すれば、B格子中の3価鉄をA格子サイドに追い出す効果まで期待できそうではないか。

そこで、このような効能を発揮できる代替えイオンの条件を整理してみると、何より重要なのは電子を受け取らない頑固一徹な性質、安定した価数である。しかも、フェライト1化学単位(XFe2O4)に納まる陽イオンの総価数"+8"(4個の酸素イオンO2-が示す陰イオン価数"-8"と相殺関係になる)を満足し、A格子よりB格子に納まることを好む(そのためには酸素イオン6個で囲まれたB格子点に納まりきるイオン直径でなければならない)タイプといったところだろうか。

そこで、いくつかの金属イオンが候補に挙げられ、それぞれについて、3価鉄との置換実験が慎重に繰り返された。その結果、下の組成モデルに顔を出している新顔2つの金属イオンが、思惑にきわめて近い渦電流抑制効果を発揮することが確かめられたのである。

新顔の金属イオンとは、4価のチタン(Ti4+)と4価のスズ(Sn4+)である。この2つのイオンは2価の亜鉛(Zn2+)と同様、不対電子を持たない非磁性イオンであるが、3価鉄と置換される量が微少なので、置換による磁束密度の低減も実用上無視できる微々たる値にとどまる。また、小さなブルーの球体で示した物質は、次節で触れる微細構造制御ドラマの主役なので、名前は敢えて明かさずにおこう。なお、それぞれの球体は、Fe→ Fe2O3,Mn→MnO,Zn→ZnO,Ti→TiO2,Sn→SnO2を意味している。

Ti(チタン)、あるいはSn(スズ)を含まない組成と、含む組成の焼成過程におけるイオン生成の違いを上の図に示した。TiやSnを導入しない場合に生成された3価鉄(Fe3+)2個、価数合計+6に対し、TiもしくはSnを含む組成は、Ti、Snがそれぞれ4価の陽イオン(Ti4+、Sn4+)となるので、あと1個の2価鉄(Fe2+)を加えれば、価数合計+6なり、それだけ3価鉄量を抑制する効果を発揮する。本文の繰り返しになるが、左に並ぶ2つの3価鉄はA、B格子のどちらにも納まることができ、B格子に納まった場合は、B格子に優先的に納まる近隣の2価鉄との間で電子交換を行うことになる。それに対し、Ti4+とSn4+は、優先的にB格子を選択するので、3価鉄と2価鉄の出会う機会を阻害する役割を果たし、価数が安定しているので2価鉄との電子交換も発生しない。その上、4価のイオンであるため、3価鉄の絶対量も削減できるわけである。

だが、これら代役の働きもさることながら、10Ωmレベルを低迷していたMn-Zn系フェライトの比抵抗値を一気に1桁上の102Ωmまで引き上げるためには、グレインの成長と粒界層の生成にまつわる繊細かつ微妙な駆け引きを制する焼成技術の確立を待たなければならなかった。

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