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GRAIN33 イオンの消えた結晶格子

イオンの消えた結晶格子

鉄イオン間における電子交換が、局部的な誘導磁気異方性をもたらすとしても、常温環境下における電子の活性化エネルギーを考えれば、その移動速度は、目にも止まらぬ早さに達しなければならないはずである。つまりμiの経時的な低下現象といっても、その全プロセスは、ほとんど一瞬のうちに完了してしまうことになる。しかし、実際のデータを一目すれば、坂道を転がり落ちるような最悪の結果を示す試料においてさえ、μiが10%減少するのに、少なく見積もっても半月ほどの時間を要しているのである。不純物原子の拡散による磁化余効損失の怪をソツなく解決した局部的な誘導磁気異方性モデルであったが、緩慢に進行するμi低落現象の絵解きには、かなり無理があり、なじみそうにない。

そこで、行き詰まった推論から脱却するために、改めてさまざまな角度からμiを低落させる要因の洗い直しが行われたが、その途次において、まさに目のうろこが一気に払い落とされるような新たな損失発生機構が明らかになった。

金属イオンが3個であることは、このモデルですぐさま了解できるが、酸素イオンが4個というのはどういうことなのか、と頭をひねる方もおられることだろう。理由は単純で、これらの酸素イオンは、このモデル図に現われていない周囲の金属イオンとも交渉を持つことになり、総合的な結果として、フェライト1化学単位は、3個の金属イオンに対し、4個の酸素イオンという比率になるわけである(GRAIN 3で詳説)。

これは、A格子1個とB格子2個から成るおなじみのモデルであるが、このユニットを式にしたフェライト1化学単位、XFe2O4(Xは鉄以外の金属イオン)は、3個の金属イオンと4個の酸素イオンによって構成されている。そこで、推論の袋小路から抜け出せないでいた当時にあっては、フェライト中のすべての化学単位においてこのような比率(化学量論比)を実現するには、マクロ的なレベルにおける組成比率、すなわち鉄を含めた金属原料の比率を厳格に制御することが何よりも大切であり、酸素は焼成プロセスにおいて金属原料と過不足なく理屈どおりのイオン化反応を起こすものとみられていた。

しかし、徹底的な精査の結果、実際には酸素が過剰に取り込まれる事態が進行していることが判明したのである。

これは一大事であった。酸素の過剰は、相対的に金属イオンの不足と同義である。その結果、フェライト結晶中には、中心に金属イオンを欠いた酸素ばかりの欠陥格子(空格子)が生成されることになる。

このモデルに示すとおり、金属イオンが欠如した空格子の存在は、そこにあるべき磁気モーメントの不在を意味する。つまり、空格子周辺の磁気エネルギーの場は、安定した平衡状態を保てなくなり、その場から空格子を排除する作用の発現を許すことになる。その概念モデルが、下の絵である。白い円が空格子であるが、その斥力は、空格子周辺の金属イオンが順ぐりに空格子に転居するという形をとって現われ、欠陥を取り込みつつも常に磁気的平衡関係を維持しているエネルギー的に柔軟な磁壁に、金属イオンを喪失した空格子を追いやるのである。

何もない空間が移動するというのもおかしな話だが、映画館に遅れてきた人のために、空いている奥の席に一人ずつ順ぐりに詰めて、通路側に空席を譲る光景を思い浮かべていただきたい。なお、空格子が送り込まれるにつれ磁壁の幅が狭くなるが、これは、空格子による誘導磁気異方性により結晶磁気異方性が強化され、超交換相互作用との力のバランスを調整する必要が生じた結果ととらえることができる。 なお、磁壁共鳴を磁壁全体の振動とみなしたように、磁壁のフットワークが低減する結果を、空格子によるマクロ的な誘導磁気異方性の関与による結果とみなすこともできる。また、常温レベルにおける経時変化現象の原因を電子交換に求める仮説はしりぞけられたが、環境温度を-200℃近傍に設定しても、μiの経時変化は観測され、その温度では空格子が変位するだけのエネルギーの裏付けが喪失してしまう。つまり、それだけの超低温下になると、電子交換による局部的な誘導磁気異方性の関与が最も疑わしい原因として息を吹きかすことになる。

そして、磁壁に集まる空格子が次第に増加するのに伴い、磁壁は安定位置にさらに強く固定され、動きにくくなるにつれてμiは徐々に低下することになる。驚くべきエネルギーの安定化メカニズムだが、この"新説"がキツネやタヌキでないことは、この理論にもとづき確立された新たな焼成プロセスから生み出された新世代のハイμフェライトが、極めて高い安定性で初期特性を堅持している事実が保証してくれている。

原料比率の調整段階において、酸化鉄量をδだけ余剰に設定するのは、焼成過程において2価鉄を含むマグネタイトFe3O4を生成するためである。しかし、酸素が自由に出入りできる空気中の焼成においては、冷却初期段階(1300〜1100℃)における酸素の取り込みにより、マグネタイトに変容するはずの酸化鉄Fe2O3が最後まで取り残され、酸素過剰の結晶構造ができあがってしまう。

それに対し、結晶生成の進行に合わせて酸素分圧を微妙に抑制し、冷却過程も窒素雰囲気中で進行する雰囲気焼成技術を駆使すれば、余剰酸化鉄は完全にマグネタイトと化し、空格子は微々たる量に抑制されることになる。なお、MnFe2O4 はマンガンフェライト、ZnFe2O4 は亜鉛フェライトの組成を表し、マグネタイトFe3O4もその組成から一種のフェライトとみなすことができるが、焼成プロセスにおける金属原子の相互的な拡散効果によって、最終的に均一なMn-Znフェライト組成が生成されることになる。

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