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GRAIN32 衰弱する初透磁率の秘密
衰弱する初透磁率の秘密
不純物原子が結晶格子間にまぎれ込むことにより、結晶磁気異方性エネルギーの障壁に局部的な異方性(誘導磁気異方性)のくぼみが生じるが、その移動速度は、高温、低周波という特殊状況でないと鈍る。その作用で、磁気モーメントは俊敏な方位転換を阻害されることになり、不純物の介在を許す限り、実用的な使用環境においてμiの低減は避け得ないのであった。
そこで、避けることのできないμiの低下といえば、じつは、不純物原子の挙動に輪をかけて不可解な現象が、もうひとつある。下のグラフに示すとおり、フェライトのμi値は、年を重ねるごとに次第に低下していまうのである。前節の話は、交流磁界の変化に伴うHeffの変位が磁化余効損失発生の前提となっていたが、この場合は、倉庫にフェライトを寝かしておくだけで、虫に喰われるようにじわじわとμiが減ってしまうというのだから、事態は深刻である。
時間の経過とともにμiが低下していくので、この現象をμiの経時変化と呼ぶが、各国の研究者のデータが出揃ってみると、μiの高いフェライトほど低下のスピードと割合が大きいことが歴然となり、その顕著な傾向から、この奇怪な現象には、ハイμ制御の話の折(GRAIN 18)に登場した2価の鉄イオンが深くからんでいるのではないか、という推論がにわかに浮上した。
結晶磁気異方性定数K1制御の要点を示した下のモデルは、GRAIN 18でご覧いただいたものだが、正の異方性を発現する2価鉄イオンは、母材となる金属イオンが示す負の異方性と絶妙な相殺関係をとり結び、μiの伸長を阻害する結晶磁気異方性定数K1をゼロと化してくれる。μiの向上はもちろん、実用温度範囲の拡張にもなくてはならない切り札であった。
その2価鉄の効力が、なんらかの自律的なメカニズムで減退するのではなかろうか、というのが推論の着眼点であった。そして、最も疑わしきメカニズムとして、2価鉄の3d軌道に位置する6個の電子のうちの1個が、酸素イオンの電子雲を介して、隣の3価鉄の3d軌道に移動するモデルが想定された。いわゆる"電子交換説"である。
3d軌道上に6つある2価鉄の電子の1個が転位すると、格子間にはさまった不純物原子の場合と同じように、磁気モーメントを固定する Wk障壁の谷間(HA方位)をさらに深く掘り下げる局部的な誘導磁気異方性Kuが発生し、相対的に結晶磁気異方性定数K1(Wk障壁の高さ)が増大するために、μiは低下する、という推論である。
これが真相であるなら、まことに由々しき事態である。μiの経時変化を防ぐために2価鉄を捨て去れば、μを高める切り札を失うことになり、わずかなエネルギーでイオン間を飛びかう電子の軽業を制止するには、それこそ絶対零度に近い超低温の薄膜か何かでフェライトコアを覆うよりほかに手がない。
しかし、昭和34年、そのような"超絶薄膜技術"などを一切使わずにμiの経時変化を微小値に抑制した画期的なハイμ材、H5Aが出現し、進退きわまった推論の方をあっさりと凍結してしまうことになる。
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