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GRAIN31 不純物原子の知的犯罪

不純物原子の知的犯罪

何事によらず、ある状態が別の状態に変化するには、なにがしかの時間を要する。不純物原子の「席替え」も、瞬時に済ませるというわけにはいかない。1辺約8オングストロームという超ミクロな単位胞を、さらに8つに分割した、そのひとつのブロックの縦から横への移動ですら、かかるものはかかるのである。

とは言うものの、電子に宿るスピン磁気モーメントの磁化機構(方位転換)がまともに働かなくなる自然共鳴周波数を越えるような高周波領域では、不純物原子もやすやすと位置を変えることはできない。つまり、不純物原子が腰を上げ、別の席に座り直すだけの時間的な余裕が生じるのは、磁気モーメントが息を切らすことなく追随できる交流磁界、すなわち、実用レベルの周波数領域においてである。

そこで、そのような状況下において、いかにも悪智恵を働かせたかのように見える不純物原子のやっかい千万なふるまいを、磁気モーメントの動きとともに観察してみよう。

交流磁界が正の極大値から負の極大値まで変化するのに要する時間をΔt-1とすると、磁気モーメントが余裕をもって磁界変化に追随できる実用的な周波数領域において、2つのHeff方位は磁界の正負極大値にピタリと同期することになるので、Heff方位の変位時間Δt-2は、Δt-1と等しくなる。このとき、不純物原子がピタリと磁気モーメントの動きについていけるならば、Δt-1=Δt-2=Δt-3となり、下のモデルに示すように、磁気モーメントは何の苦労もなくHeffの変化に合わせてスルスルと方位を転換する。

不純物原子の作るWkのくぼみにより、磁気モーメントは自ら指し示す方位に強く引きつけられることになる。その作用は結晶磁気異方性のそれとよく似ているが、あくまで局部的なものであり、かつHeff方位とともに位置を変える。そこで、結晶磁気異方性と区別する意味からも、この作用を一般に誘導磁気異方性Kuと呼び、Wk障壁の高さを局部的に低減させる作用として取り扱う。

しかし、このようなめでたい関係を成立させるためには、いくつか条件を整えてやらねばならない。

まずは、温度である。環境温度がおおむね100℃を超えていれば、不純物原子は活性化エネルギーを付与されるので、かなりの高速で移動できる。次に周波数である。温度がそれほど高くない場合でも、交流磁界が穏やかに変化してくれれば、なんとかついていける。このような条件が揃わない場合、つまり、常温を下回るような寒冷な環境に置かれたり、実用範囲でも、高めの交流磁界にさらされた場合には、不純物原子は元の位置(磁界が加わる前に磁気モーメントが向いていたHA方位における安定位置)に押し込められたままほとんど身動きがとれなくなる(すなわち、Δt-3≧0となる)。しかし、Wk障壁のくぼみがHA方位に固定されて動かなくなるということは、HAそのものが強化されたのと等価であるから、この状況は、「知的犯罪」というほどの脅威ではない。

厄介なことに、深刻な事態は、常温環境で、やや高周波側に属する交流磁界を加えられたときに起きる。Heffの方位変化で結晶格子が歪み、不純物原子はより安定できる位置に移動しようとするが、その動きは鈍く、磁気モーメントの方位転換に微妙な遅れをとる(Δt-3≧Δt-2)。そして、下のモデルに示すとおり、そのわずかな遅れのために、磁気モーメントは不純物原子の掘ったくぼみの縁に常時足をひっかけながら移動するはめになる。筋トレ用ウェイトを足首に巻き付けて走るランナーのごとし、である。その結果、ついにΔt-2はΔt-1に追随できなくなり、共鳴周波数以前の実用的な周波数領域であるにもかかわらず、磁界変化に対する磁化の時間的な遅れ、すなわち不純物原子の"拡散"による磁化の"余効"の急激な増大をもたらすことになる。

不純物"原子"は、その名のとおり極めて微小な存在であるが、常温において磁気モーメントの方位転換にブレーキをかけ、交流磁界の変化に追いつけない事態(すなわち磁化の損失)を生じさせるのだから、まさしく"隅に置きたくない"厄介者である。

もちろん、原料純度を極めた今日の高品位ハイμフェライトにおいては、ほとんど問題とならない損失メカニズムだが、何事もスタートが肝心。出発原料の管理に少しでも気を抜けば、たちどころにμの命は危うくなる。

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