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GRAIN29 狙われたTVゴースト

狙われたTVゴースト

外部磁界によるフェライトの磁化プロセスは、まず磁壁の移動で始まり、すべり出した磁壁がついにグレインの突端に達すると、次にグレイン中の磁気モーメントが一斉にその頭を外部磁界の方位に揃えて完全飽和に達する、と以前に申し上げた(GRAIN 10)。だが、磁壁共鳴から自然共鳴に至る磁気モーメントの挙動をのぞき見たいまでは、その説明に修正を加えなければならない。事情はそれほど単純なものではなかったからだ。

磁壁が腹を突き出しかけたそのせつなに、磁区内の磁気モーメントは、異方性磁界HAと外部磁界Hのベクトル合成磁界Heffの方位を軸とする首振り運動を完了し、その方位をHeff方位にピタリと揃えていると考えてよい。しかもその方位は、交流磁界の変化に追随して刻々と変化していることになる。同様に、磁壁中の磁気モーメントも、交流磁界を印加する前のHA方位ではなく、交流磁界の強弱反転のリズムに合わせ刻々方位を変えるHeff方位を目指して角度を変えていくことになる。

 

つまり、まず磁壁が移動し、その後に磁区内磁気モーメントが"磁界方位"に揃うのではなく、両方の磁化プロセスが、変化するHeff方位に追随しながら同時に進行すると見るのが、これまでのモデルから得られた最もリアルな様相といえそうである。

しかし、精緻かつダイナミックなフェライトの磁化メカニズムも、磁壁共鳴で壊滅的な打撃をこうむることになり、その後に続く自然共鳴で、磁界エネルギーを活用する磁性体としての基本的な機能を完全に喪失してしまったわけである。

そこで、ふと、ささやかな疑問が生じる。磁化機構を終息させた自然共鳴現象を引き起こす直接の原因は、いうまでもなく人為的に周波数を高められた交流磁界であるが、そのエネルギーは、そのときどうなってしまったのだろうか。

フェライトの磁化機構が働いている限りにおいては、交流磁界のエネルギーはさまざまな仕事をこなすことになる。しかし、機能を停止してしまった磁化機構が相手では、目まぐるしく変化する高周波磁界も、ひとり孤独をかこつより他ないのではあるまいか。

じつは、自然共鳴周波数に同期した交流磁界の連続印加により、磁気モーメントの首振り運動が減衰することなく持続させられると、磁気モーメントと結晶格子の相互作用で生じる結晶格子間距離の変動が(磁気モーメントの急速な方位変化により)一気に加速され、結晶格子は振動状態に置かれる。格子振動すなわち熱の発生であるから、この異変は、交流磁界のエネルギーが熱に変換されることを意味し、磁気モーメントを振り回す仕事に"熱"を上げた交流磁界のエネルギーは、まさしく正真正銘の熱となって空気中に散逸してしまうのである。

なんとももったいない事態であるが、世の中には、テレビ画像を劣化させる不要反射波という名の交流磁界も存在する。そこで、話のついでと言えば、本来の機能を失ってもなお、世のため人のために奮闘する磁気モーメントを悲しませることになるが、自然共鳴にさらされた磁気モーメントが見せる"最後の意地"を以下のモデルでご確認いただこう。

右隅に置かれた漆黒のプレートは、自然共鳴周波数ωを操作する技術により実用化された厚さわずか8mmのVHFテレビゴースト対策用フェライトタイルである(IB-001材)。自然共鳴による損失特性カーブの高周波側に、吸収する電波の周波数を設定することにより、下の特性グラフに示すように、80〜300MHzにわたり反射減衰量20dB(99%)という優れた広帯域吸収特性を得ている。

損失もまた使いよう、という好例であるが、フェライトなら何でもいいかというと、もちろんそうはいかない。吸収すべき電磁波の周波数にフェライト素子の自然共鳴周波数、すなわちスピン磁気モーメントの固有振動数ωを巧妙に重ねてやることはもちろんであるが、吸収体表面の電波反射をぎりぎりまで抑制する(つまり、電磁波を巧みに誘い込む)組成上の微細制御も必須のテクニックとなる。8mmという厚さに秘められたTVゴースト狩りの精妙なトリックは、以下のモデル図でご説明するが、ちなみに、従来タイプの電波吸収材で、上の特性グラフに匹敵する電磁波吸収特性を実現しようとすれば、このフェライトタイルの優に100倍を超える厚さを必要とする。

ミステリー「狙われたTVゴースト」の種明かしである。フェライトタイルの表面から入射した電磁波aが、自然共鳴により誘起されるフェライト結晶格子の振動で急速に減衰しながら(熱に変換されながら)ちょうど4分の1波長で吸収体背面に接着された金属板に到達するように、あらかじめ吸収体の組成と厚さを制御してある。金属板で反射した電磁波は、さらに減衰しながら再び吸収体表面に到着するまでに同じく4分の1波長だけ進行するので、フェライト表面から飛び出た反射成分cの位相は、入射時にフェライトタイル表面で生じた反射成分bのそれと、ちょうど180°ずれることになり、両者の相殺によりTVゴーストの元凶となる不要反射波は0.1%以下に減衰する(モデルでは反射成分を薄いグレーの破線で示したが、実際にはこれらふたつの反射波はフェライト表面で消失してしまうわけである)。

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