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GRAIN27 磁化機構の隠し味

磁化機構の隠し味

さて、これまでは、もっぱら磁化プロセスの主役である磁壁の構造、および磁壁移動のメカニズムについて考えてきたが、じつは、磁壁が移動しつつあるその瞬間にも、磁区内の磁気モーメントも首振り運動を起こし、わずかではあるが、磁界方位に頭をかしげてフェライト全体の磁化に貢献している。この節では、そのあたりの微視的な挙動を、単純なモデルから複雑なモデルへと順を追って確認するスタイルで進めることにする。

GRAIN 23で、磁壁中の磁気モーメントに作用するふたつの因子(球体モデルにおけるトルクと制動因子)を考察した際、話を単純化するために、交流磁界の方位を異方性磁界HAのそれと平行になるように配慮したが、すでにご承知のとおり、フェライトを構成する個々のグレインのHA方位は、マクロ的な領域においてもエネルギーレベルを低く安定させるために三次元的に分散しており、確率的には、外部から印加された磁界と平行関係になるHA方位を示すグレインより、なんらかの角度で磁界と交差するHA方位を示すグレインの方が圧倒的な割合を占めていると考えてよい。

μの終着駅、磁化機構の終焉ドラマに、よりリアルに迫ろうとするならば、これまで使用してきた希少なケースのモデルを捨て、広範なケースに適用できる新たなモデルを用意しなければならないだろう。

そこで、手始めに、さまざまな方位から磁区内の磁気モーメントにからむ交流磁界を想定し、それらが個々にいかなる作用を磁気モーメントに与えるかについて概観するために、下の球体モデルを用意した。

磁区に分裂したグレインにおいて、異方性磁界HAは、隣接する磁区で背を向け合うように反平行となることで磁極エネルギーを相殺したわけだが、この球体モデルは、緑色の矢印で示したHAが、Y軸の+側を指し示す磁区に含まれる単位胞のひとつをあらわしている。磁区内の単位胞であるから、その磁気モーメント(赤い矢印)は、HA 方位にピタリと身を寄せて安定している。そして、その磁気モーメントに向けて周囲から差し込まれた"板"は、三次元座標に描かれる基本的な6つの二次平面を進行する交流磁界である。それぞれの交流磁界に付した双頭の矢印は、座標の原点、すなわち磁気モーメントが位置するポイントにおいて、交流磁界が変化する方向を示したもので、たとえば右横からYZ面を進行してくる交流磁界は、Y軸上を単振動(Y+〜−)する磁界としてふるまうことになり、Y軸の+方向に向いたHAを強化(この単位胞の属する磁区を拡大)、あるいは減退(反対向きのHAを強化、すなわち磁壁をはさんで隣接する磁区を拡大)させる作用を発揮することがわかる。もうひとつ、手前からXY面を進行する「X=0,Y+〜− 」磁界も同様の作用をHAに及ぼすが、お気づきのとおり、この2つの印加形態は、磁壁中の磁気モーメントの首振り回転運動を描いたGRAIN 23の球体モデルの設定条件とまったく同じである。

つまり、このモデルで新たに登場しているのは、残る4つの印加形態だが、これらの磁界はすべて、座標原点に位置する磁気モーメント(すなわちHA方位)に直交する磁界として作用する。冒頭で触れたとおり、ほとんどのグレインは"微妙な角度"で、そのHA方位を交流磁界の変化方向と交錯させているはずであるから、直交モデルもまた、平行モデルと同様きわめて希少であり、多様なケースをリアルに考察するモデルとは言いにくい。しかし、直交モデルにおいては、交流磁界Hと異方性磁界HAのベクトル和である合成磁界Heffという概念が新たな役者として登場し、"微妙な角度"で交流磁界と交わる圧倒的な数の磁区中の磁気モーメントの挙動を制するのも、じつはこのHeffなのである。

とはいうものの、適当な角度でHA方位と交錯する交流磁界がもたらすHeffが、磁気モーメントの首振り運動にどのような作用を与えるのか。その様子をいきなり思い描くのは、少々キツイ。そこで、Z+方位に一定の強さを持つ磁界、すなわちXZ面をX+方向に進行するか、YZ面をY+方向に進行する「直流磁界」を印加するモデルを描いてみた。異方性磁界HA の向きに頭を揃えていた磁気モーメントは、直流磁界の印加で生じた合成磁界Heffの方位に向けて首振り運動を起こし、GRAIN 23でご覧いただいた斜めに着地するコマと同じく、急速にその回転半径を縮めてHeffの方位に向きを変えることになる。Heffの出現により、磁区中の磁気モーメントも方位を変える、という点が、この直交モデルのミソである。つまり、磁気モーメントがわずかでも磁界方位に傾くということは、磁気モーメント成分が磁界方位に投影されることを意味し、すなわちこれは磁化である。Heffが生じない磁区の方が希少なのであるから、フェライト中の多くの単位胞において、微小ながらもこのような磁化が発生することになり、その総量が、磁壁移動による磁化に付加されることになる。

そこで、上のモデルと同じXZ面かYZ面に、こんどは交流磁界を乗せてみることにする。もちろんHeffは合成され、磁気モーメントはその方位を回転軸とした首振り運動に移る。しかし、交流磁界は、座標原点を中心にZ軸上を単振動する。つまり強さと向きが連続的に変化するので、HAとの合成磁界Heffの方位もYZ面上を右へ左へ揺れることになり、Heff方位に頭を向けようとする磁気モーメントの回転とHeffの変位の間には常に微少なずれ角度が生じる。その結果、磁気モーメントはYZ面からX軸方位に頭を起こしかけた状態で、YZ面上を車のワイパーのようにせわしく振れるHeff方位を追いかけることになり、連続的に変化する磁界の強さと極性に応じた磁化を刻々と生みだすことになる。そして、この設定のまま、HA 方位と直交する磁界をX軸を中心に45°ひねってみたのが右側のモデルである。合成磁界Heffの方位変化の幅にZ+側とZ−側で微妙な差が生じ、Z軸に投影される磁化量も直交時より減少するものの、磁気モーメントの変位プロセスは、直交磁界を印加した場合のそれと基本的に変わらないことがわかる。

最後に、HA 方位と微妙な角度で交錯する交流磁界下に置かれた磁気モーメントの動きを、少し広い範囲にわたって鳥瞰してみたい。

下に並ぶ3つのモデルは、中央の説明モデル(2)を挟んで、左のモデル(1)が、交流磁界の印加前、右のモデル(3)が印加時の状態を示している。しかも、磁壁を構成する3つの単位胞と、その磁壁を挟むように磁区の最端部に位置する2つの単位胞、計5つの単位胞に属するそれぞれの磁気モーメントを1つの球体モデルに重ねた少々欲張りな合成モデルである(別々分けるとX軸方向に5つの球体モデルが並ぶことになる)。

そこで、外部磁界が印加される前の状態を示したモデル(1)であるが、Y軸の+方位(上方)を示す赤い矢印が片方の磁区の最端部に位置する単位胞の磁気モーメント(+M・d)で、続けて45°の開きで並ぶ青(a)、紫(b)、緑(c)の矢印が磁壁を構成する3つの単位胞に宿る磁気モーメントを示し、Y軸の−方位(下方)を示すオレンジ色の矢印が、もう一方の磁区の最端部に位置する単位胞の磁気モーメント(−M・d)である。エネルギー的に安定しているこの状態では、これまでの節で見てきたモデルと同様、どの磁気モーメントも同一面(YZ面)に位置している。

モデル(2)に示すとおり、手前上方に突き出た青い矢印(Hと記した左に厚みだけ見える矢印)で示した交流磁界Hは、X軸の+方向(手前)に、XZ平面から25°ほど、その方位を持ち上げている(座標軸を原点とし、この角度で極性を反転する交流磁界が、一方のピーク値に至った瞬間を描いている)。さて、交流磁界がこのような向きで印加された場合、上向きのHAとの合成磁界+Heffの方が、下向きのHAとの合成磁界−Heffより優勢になることは明らかなので、上向きの+M・dが属する磁区を広げる方向で磁壁移動が進行することになる。

GRAIN 23で見たように、上向きのHA 方位と同じ向きに磁界を加えたモデルでは、真下を向く−M・d(磁区中の磁気モーメント)のオレンジの矢印がグルリと球体表面を回転してcポイントに至ると同時に、cポイントを指していた磁壁端の緑の磁気モーメントがbへ、bを指していた磁壁中央の紫の磁気モーメントがaへ、aを指していたもう一方の磁壁端の青の磁気モーメントが磁区に取り込まれて+M・dに変じたのであった。が、しかし、このモデルの回転軸はHA方位からずれた+Heffであり、もう一方の磁区のHAと合成された−Heffも、同様にX軸の+方向(手前)に傾いている。つまり、X成分を持つ磁界が印加されたこの状態においては、磁壁をはさんで隣合う2つの磁区に属する磁気モーメント間の反"平行"関係そのものが崩れることになり、モデル(3)の+M・dと−M・dに示すとおり、両者の方位の開きは安定状態の完全な反平行(180°)より小さくなり、磁壁中の磁気モーメントが指し示すa、b、cの方位も、YZ面からX軸の+方位に頭を持ち上げ、モデル(3)に薄茶色で描いた傘状に開いた面の縁(球面との接線)にシフトすることになる(a'、b'、c')。つまり5つの単位胞に宿る磁気モーメントのすべてが、+Heff軸を中心とする首振り回転軌道を同時に移動し、+Heffと−Heffの間に三次元的に広がる傘状の面の上に張り付くように位置を移すことになる。

このモデルから容易に類推されるように、磁界のX軸成分が強まるほど(Hの矢印が長くなるほど)+Heffと−Heffのなす角度はさらに閉じることになり、磁壁をはさんでそっぽを向き合う磁区内磁気モーメントの反平行関係と磁壁中の磁気モーメントの平行関係(同一の座標面に位置する関係)はますます崩れることになる。しかし、YZ面に並んでいた磁壁中の磁気モーメントが、交流磁界Hの作用を受け、球体表面の回転軌道を移動し、元のc、b、a方位から、傘状に開いた面の縁に並ぶ新たなb'、a'、+M・d方位に向きを変える一連の挙動は、磁界がHA方位に平行に作用した場合と本質的に同じであり、傘の広がり具合は千差万別であるにしても、フェライト内のすべてのグレインでは磁界変化に対応した磁壁移動が粛々と進行することになる。

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