With ferrite by TDK

GRAIN26 紀元1600年の磁気革命

談話室

磁石は鉄を引きつける。犬には尻尾がある、と言うようなものだ。磁石が性質の異なる二つの極を持ち、異性の極は引き合い、同種の極はしりぞけ合うということも近頃は幼稚園で教わるらしい。地球が巨大な磁石であることも常識である。

ところが、4、5百年ほど昔の磁石が、いかなる性質を宿していたかとなると、知る人は存外少ないようだ。

なんと、当時の磁石は、ニンニクを塗られたとたん、磁力を失ってしまったのである。笑ってはいけません。磁力を失っても山羊の生き血をそそげば、たちどころに磁力を回復するという"大発見"もなされている。また、さる国の学識たちによると、インド洋にはまるごと磁石でできた巨大な岩があるらしく、知らずに近づいたが最後、たちどころに舟底の鉄釘をポンポン引き抜かれて一巻の終わりというから、チベット辺りの高僧が宙に浮かんだところで別段腰を抜かすほどのことではなかった。

なにしろ、鼻につきかけた女房の枕の下にそっとしのばせておくだけで、翌朝にはひとり微笑みながらいずこともなく立ち去ってくれるという、超絶的な清掃効果を発揮してくれる逸品もあったそうであるから、釘が抜かれたくらいでいちいち目を丸くしていたのでは、地位も名誉もご近所付き合いすらも怪しくなりそうな時代だった。

以上の話は、まさか冗談であるはずがない。1600年、イギリス。時の王立医科大学学長、ウイリアム・ギルバートは、地磁気現象、磁極の作用並びにその構造、磁気誘導、磁気と熱の密接な関係などなど、今日の電磁気学の根幹にかかわる広汎かつ深奥な磁性研究の成果を盛り込んだ『磁石、磁性体、および巨大な磁石、地球について』を著した。その一節に(というより、かなりのスペースをさいて、というべきだが)、"いやしき哲学者ども"の"デタラメな話と迷信の数々"が、たっぷりと、これでもかといわんばかりに盛られているのである。

1600年といえば、コペルニクスの地動説を支持し、汎神論的な新学説を提唱したジョルダノ・ブルーノが、無残にも火あぶりにされた年でもある。そのような背景を思えば、ドラキュラや暴風雨や示談屋の代理をつとめる磁石の存在をいかにも真実めかして吹聴する学識たちをカタログにしたこの一節は、ギルバートのやりどころのない怒りの爆発とも感じられ、ゆるみかけた頬があわててこわばるのである。

そうした暗黒の神話時代に「知識を書物だけからではなく、ひたすら事物そのものから求めようとする正直な人たちだけにあてて、磁気なるものの原理をば書きしるそう」と書き出されたこの労作には、磁性研究史の扉を飾る記念碑的名著と誉めそやすだけではおさまらない深刻と、肝に銘ずべき戒めがたっぷりと染み込んでいる。

●参考書:「磁石(および電気)論」W.ギルバード原著 板倉聖宣訳・解説(仮説社刊)

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

TDKについて

PickUp Tagsよく見られているタグ

Recommendedこの記事を見た人はこちらも見ています

With ferrite by TDK

GRAIN27 磁化機構の隠し味

With ferrite by TDK

GRAIN28 μの終着駅・自然共鳴

電気と磁気の?館

No.32 電子レンジの仕組みとは?加熱の原理や基本構造を解説

PickUp Contents

PAGE TOP