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GRAIN25 磁壁共鳴・μのハイジャンプ

磁壁共鳴・μのハイジャンプ

そもそも、グレインが磁区に分裂しなければならなかった理由をふりかえれば、グレインの成長とともに巨大にふくれあがった磁極のエネルギーを一気に極小化するためであった。グレインに内在するエネルギーを最も効果的に小さく安定化させる「位置」に磁壁は腰を落ち着ける。つまり、磁壁が移動すること自体が、グレインにとっては一大事ということになる。少しでも磁壁が移動すれば、複数の磁区でバランスしていた磁極エネルギーの相殺関係はたちまち崩れ、グレイン全体の磁極エネルギーのレベルが上昇する。グレインにとって、これはまさしく異常事態である。したがって、間髪入れず磁壁を元に戻そうとする作用が働く。交流磁界は眠っていた抵抗分子を目覚めさせ、その反抗は、磁壁の移動幅が大きくなればなるほど強まるので、両者の関係は、下のモデルに示すような、曲面(抵抗分子)とその上の球体(磁壁)になぞらえることができる。

このモデルにおいて"抵抗分子"αのパワーは、磁壁(球体)の位置エネルギーとして描かれている。つまり、磁壁が0ポイントから離れるほどαは強大になる。もちろん、可逆的な初透磁率領域における磁壁移動を観察するモデルであるから、空孔などによる巨大な欠陥エネルギー障壁は、この曲面のはるか上方に存在することになり、小さな粒で示した制動因子βの作用はあるにしても、磁界の強さが0になれば、磁壁は元の位置に復帰できる。

黄色い矢印αは、斜面の角度と高さで決まる磁壁を元の位置に戻そうとする内的な作用の大きさを示し、その作用を受ける下の黒い球体が磁壁である。移動速度の目安として赤い矢印を加えた。また、結晶格子のゆがみや不純物、空格子点といった損失因子の作用は、一括して球面をざらつかせる小さな粒βであらわした。αの作用にブレーキをかける摩擦因子という扱いである。ちなみに"空格子点"とは、金属イオンの抜け落ちたA格子またはB格子のことで、膨大な数の単位胞がまとめて欠落した空孔とは比較にならないほど微小な欠陥なので、結晶格子のゆがみや微量の不純物同様、αにとっては曲面上につもったホコリ程度のものであり、磁壁の動きを止めるような大きなエネルギー障壁にはならない。

さて、基本的な役者が出揃ったところで、じわりと交流磁界を加えてみようというわけだが、まずは曲面の傾斜(エネルギーの安定化作用)とβ(制動因子)によって与えられた磁壁移動の周期より遅い周波数の交流磁界を加えてみたのが次のモデルである。磁壁(黒い球体)は曲面を登るときには磁界に背を押され、下るときには転げ落ちないように頭を抑えられるので、結果として交流磁界の強弱変化(曲面モデルでは位置変化)にシンクロして移動する。

交流磁界の変化速度に磁壁の移動が追随している段階を示す(前節の振り子モデルの「f1」段階に相当する)。交流磁界の波形に加えた水色の矢印の「長さ=磁界の強さ」は、曲面モデルに描いた水色の矢印の「位置」と対応しているが、強弱の変化をわかりやすくするために曲面モデルの矢印の長さも変えてある。同期を示すこのモデルにおいては、磁壁の位置を示す球体と交流磁界の強さを示す曲面上の水色の矢印は重ねて描くべきだが、磁界が強まるときに、この青い矢印は、磁壁(球体)を押し上げる力となり、磁壁を元に戻そうとするαの作用により磁壁が斜面を転がり落ちそうになるとき(磁界が弱まるとき)には、その勢いを押しとどめる(加速度を生じさせない)力として作用するので、どちらの場合も磁壁の下側に位置させた。

ところが、磁界の周期が磁壁のそれをしのぐようになると、状況は一変し、下のモデルのような瞬間が訪れる。交流磁界の変化に磁壁の動きが追随していた上のモデルと異なり、曲面上の球体(磁壁)の位置と交流磁界の強さを示す青い矢印の位置に開きが生じている。磁壁のこの遅れにより、a点に向かうときは、急速に強まる交流磁界に吸引されるように加速し、このモデルではなんとかa点までたどり着くが、そのとき磁界はすでに弱まっているので、支えを失った磁壁はあたかも質量を持つ球体のようにふるまい、αの作用で斜面を転がり落ちるように加速する。そして、一足先にb点方向に極性を反転し、一気に強まる磁界に吸い寄せられるように速度を増し、磁界がb点のピーク値を過ぎて減衰した後も、βの制動作用を振り切ってb点の先まで移動するのである。

そして、ここから徐々に交流磁界の周波数を高めていくと、ついに磁界のエネルギーが最も効率良く磁壁に加わる周波数、すなわち、押すのでもなく引くのでもない磁壁固有の振動数ωとピタリと重なる磁壁共鳴周波数f0に至る。磁壁固有の振動数という考え方は、前節で述べた弦の振動モデルあるいは振り子モデルから導かれる。つまり、制動因子βがゼロの状態(振り子モデルにおいては、空気抵抗も機械的な摩擦も一切ない状態)で磁壁に徐々に力を加えていくと、ついに力を加えようとする先からその方向へ磁壁が移動していく周期に達する。現実の磁壁の振動数ωは磁壁の置かれた状態に固有の値を示すが、外部磁界の周波数がその値と重なった瞬間、磁壁は共鳴し、a-b間を超える振幅を得ることになる。

初透磁率領域における磁壁移動の様子を両端を固定された弦の振動とみなし、磁壁の"張り具合"に応じた固有の振動数ωを想定すれば、交流磁界の周波数がωと一致したとき、音叉に共鳴するピアノの弦のように磁壁の移動幅が最大となるのも道理である。理論的には、その瞬間にμi値は1に落ち込むとされるが、実際には制動因子βの作用で、共鳴直前のピーク値と1の中程にとどまる(μiの周辺事情については、GRAIN 28で詳しく触れたい)。まさに、共鳴直前のμiのきらめきは、駿足ランナーの最後を飾るにふさわしい、一瞬の光彩なのだが、しかし、交流磁界の周波数がそのポイントを超えたとたん、下のモデルに示すとおり磁壁の移動幅は一気に狭まり、さらに周波数を高めていくと磁壁はついに一歩も先に進めなくなる。

磁性発現の立役者が、磁壁共鳴周波数f0で最後のきらめきを放ち、ついに一歩も動けなくなれば、フェライト磁性の命運もここに尽きたといわざるを得ない。しかし、磁壁が硬直したグレインにも、わずかではあるが、じつはまだ"余裕"が残されている。そこで、μの終着駅はすぐそこに見えてきたのだが、磁気モーメントが最後に見せてくれるその首振り運動を観察する途中下車に、あと1回おつきあいいただきたい。で、そのモデルなのだが、これまでよりかなり混み入ったものになり、目のご負担も増しそうなので、しばし談話室にて休憩とまいりましょう。お茶代わりのエピソードをひとつどうぞ。

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