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GRAIN22 スピンのいたずら

スピンのいたずら

それにしても、磁界方位に頭を揃える際に、磁気モーメントは、なぜ、首を振るのだろうか。たとえば、垂直にかけられた強力な磁界の中に、細い永久磁石の丸棒を斜めに挿入しても、重心を中心に直線的に頭を垂直軸に向けるだけで、グルグルと首を回すことなどありえない(磁石と磁界Hを含む平面内で単振動を行うことになる)。ミクロとマクロの違いこそあれ、磁気双極子という点では、磁石の丸棒も単位胞に宿る磁気モーメントも同じ磁気的構造を持つはずなのに、なぜ、そのような挙動の違いが起きるのだろうか。そこでひとつ、その不思議を解き明かすきっかけとなった大変奥行きの深い実験をここで再現してみたいと思う。といっても、優れた検証とは往々にしてそういったものだが、その実験装置は、1枚の絵で済む単純明快なお膳立てである。

適当な高さに固定したコイルの中空部に、フェライトの細棒をコイルに触れないように注意深く糸で吊るし、その先端に取り付けた細い糸をたるませないように垂直に引き、台に固定する。次に、その糸の中程に、光をよく反射する軽量微小な金属片を接着し、少し離れたところに微小な穴を開けたパネルを用意する。あとは、光を細く絞り込めるスポット照明を用意すれば準備完了である。

そして、いま、このコイルに強力な直流電流を流したとしよう。コイルの内部には当然強力な磁場(青い矢印)が生じるので、フェライトの細棒を構成するグレインはたちまち単磁区と化し、あっという間にすべての(単位胞に宿る)磁気モーメントが磁界方位に揃う完全飽和の状態に達することになる。この状態で、光を金属片に照射し、その反射光がパネルのピンホールを通過するように、パネルの位置や高さを調整する。

さて、以上のセッティングが完了したら、今度は、電流の流れを一気に逆転するのである。下方に向けて頭を揃えていた磁気モーメントは、個々のグレインに発生している異方性磁界HAの方位にすばやく頭を戻し、ついで消えていた磁区が復活し、後は最初の磁化のときと同じことが逆の方向に進行して、今度は上向きの完全飽和に達することになる。もちろん、これだけの話ならば、かのアンペールの実験となんら変わるところはない。しかし、ただひとり、パネルの穴から金属片の反射光をのぞいていた観察者だけは、思わず絶句することになる。

磁界を逆転した瞬間、キラキラと輝いていた光がうそのようにかき消えてしまうからである。あわてた彼は、パネルをあちこち動かし、やっとの思いでキラリと光る金属片をとらえることができるが、そのとき、はたと気づくことがある。糸に接着された金属の薄片で反射された光の進路がこのようにピンホールからずれる現象は、いかに頭をひねってみても、糸のねじれ、すなわちフェライト棒が磁化の逆転と同時に回転したとしなければ説明がつかない。

1916年、アインシュタインとドゥ・ハースによって確かめられたこの「奇妙な現象」は、まさしく磁化プロセス、すなわち磁気モーメントの方位転換によって引き起こされたとしか、考えようがない。そして、さまざまな考証の結果、この謎の回転現象は、電子固有のスピン磁気モーメントが磁界方位に頭を揃える際、単純な二次平面上の移動をするのではなく、磁界方位を軸とする三次元的な回転運動を起こすことによって生じるものであることが、つきとめられたのである。

"スピン"磁気モーメントという呼び名は、そもそもそうした考察の結果導入された電子固有の運動量、すなわちスピン角運動量に由来している。だが、プロローグにおいて触れたとおり、量子力学の基礎を築いたパウリの命名によるこの角運動量は、電子の持つ他のエネルギー同様、量子化された量として取り扱われ、したがって、具体的に目に映る直接的なモデルで表現することは、原則的には意味をなさないことになる。しかし、それではまるで雲をつかむような話なので、スピン角運動量なるものを宿す磁気モーメント像を思い描く手段として、私達は古典力学で取り扱われる巨視的な磁気モーメント、たとえば下のモデル図に示すような、極めて微小な針状の永久磁石を代役として起用し、それが自らの長軸の周りをグルグルとスピンしている様子を思い描くことにしよう。

電子に宿る磁気モーメントが、マクロな磁気モーメントと異なる最大のポイントは、電子のそれには、角運動量が共存していることと角運動量の量子化にあるが、そのイメージを表現すれば、このようなモデル図になる。

そして、磁気モーメントをこのようなモデルでとらえ直してみると、磁壁移動の様相もより子細にとらえることができる。磁気モーメントに模した棒磁石を包む球体は余り意味をなさないが、これを地球とその磁極と見立てれば、自転する地球もまた、スピン磁気モーメントの超マクロ的なモデルといえなくもない。

補足

当時のことであるから、上記の実験には棒状の鉄などが使用されたと思われるが、以下の理由から、このような糸の「ねじれ」は、フェライトの細棒を用いても起きるはずである。そもそも、フェライトを構成する単位胞に宿る磁気モーメントとは、単位胞を構成するA、B格子に存在する金属イオンの不対電子が発揮するスピン磁気モーメントの合成である。これまでご覧いただいてきたとおり、モデル図では、その合成磁気モーメントを1本の矢印で表わしてきたが、それはいわば、矢印の形に型抜かれた板チョコを同じ向きに並べて収容した「矢印型の化粧箱」のようなものである。したがって、単位胞に宿る磁気モーメントの回転運動は、その実体である電子固有のスピン磁気モーメントの集団的な回転運動の合成を意味しており、それはちょうど、ひとかたまりになってグランドをグルグル駆け回るスピン磁気モーメントの集団(なんとも怪奇な光景だが)の影が、グランドの脇に建つビルの壁に大きく映し出されたのを観察するようなものである。つまり、A、B格子といった結晶構造を持たない「鉄棒」が、磁界方位にスピン磁気モーメントを揃えるときに糸がねじれる現象は、フェライトにおいても同様に観察されるはずである。

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