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GRAIN21 0.00000001秒の磁壁移動

0.00000001秒の磁壁移動

さて、下のモデル図に示すとおり、HA方位を示す磁区(Domain)に隣接する磁壁(Domain wall)最端部の単位胞は、HA方位と微小角θだけずれた方位に磁気モーメントを向けている。強力な異方性磁界HAが存在するにもかかわらず、磁壁中の磁気モーメントが結晶磁気異方性エネルギーの最も小さな谷間から外れた方位に固定されているのは、GRAIN 9で触れたとおり、この"不安定なポジション"こそが、グレイン全体のエネルギーレベルを最小化する仕掛けとして効いているからであるが、これまで見てきたとおり、新たなエネルギーが外部から加えられたとたん、この絶妙なエネルギーバランスは容易に崩れることになる。

そのエネルギーが磁界であれば、磁壁中の磁気モーメントの向きが次々と磁界方位に近い磁区のHA方位に揃いはじめる(すなわち磁区に取り込まれる)と同時に、磁界方位に背を向けた隣の磁区の磁気モーメントが次々とHA方位からずれて磁壁と化し、その結果として磁壁が移動するのであった。この様子を示す下のモデルは、すでにGRAIN 11でご覧いただいたものだが、交流磁界と磁壁移動のシリアスな舞台にご案内する前に、この磁壁移動モデルでは割愛したもう少し微細な磁気モーメントの挙動について、説明を加えさせていただきたい。

磁壁を構成する単位胞の磁気モーメントは、磁区を構成する単位胞の磁気モーメントが属する平面(下のモデル図におけるXY平面)と同じ平面上で角度を変えているので、上の磁壁移動モデルに描いた磁気モーメントの向きは理にかなっている。しかし、この磁壁移動モデルは、単位胞1個分の磁壁移動の"結果"を時系列的に並べたもので、たとえば、1列目において磁壁の最端部に属する単位胞の磁気モーメントは、次の列では磁区の中に取り込まれている。そこで、この"結果"だけを見ると、方位を次々と変えるこれらの磁気モーメントは、あたかも自動車のワイパーのように、上に示したモデルにおけるXY平面上を滑るように回転したかのようにも見える。しかし、上のモデルは、外的なエネルギーが関与していない"静的"なグレイン、すなわち自らのエネルギーを最小化した安定状態にある磁気モーメントの方位分布を示すもので、外部磁界に背を押された磁気モーメントの"動き"ついては、描かれていない。同様に、単位胞1個分の磁壁移動の"結果"を描いた上のモデルも、投球フォームに入った投手と、打たれて空を見上げる投手をコマ落としでご覧いただたようなもので、アンダースローなのかトルネードなのか、磁気モーメントの頭がどのような軌跡を描いて方位を変えたのかはわからない。

磁化容易軸、すなわち異方性磁界HAの方位は単位胞の対角を結んだラインの両端を指し示す。外部磁界の関与を受けない状態においては、磁区中の磁気モーメントのみならず、磁壁中の磁気モーメントも、規則正しく並ぶ各単位胞のXY平面にピタリと身を寄せながらZ軸を回転軸としてその傾きだけを変えていることになる。

それでは、磁壁の最端部に属する単位胞の磁気モーメントは、外部から磁界を加えられた瞬間、どのような初動体勢をとり、その向きをいかにしてHA方位に揃えるのだろうか。異方性磁界HAの向きと同じ方位に交流磁界を印加したモデルで、その様子をご覧いただこう(もっとも、この段階の磁気モーメントは、直流磁界でも同じ挙動を示すはずだが、「磁界に先を越される磁壁の悲劇」にまつわる考察は、このあとも続くので、役者は交流磁界に一本化しておく)。

じつは、微小角θだけ頭を持ち上げた状態で微妙な安定を得ている磁壁最端部の単位胞に宿る磁気モーメントは、外部磁界のパワーを受けるやいなや、ワイパーの二次元運動ではなく、竜巻に吸い込まれた木の葉のようにHA方位(このモデルでは加えられた交流磁界の方位でもある)を回転軸とした首振り運動を起こすのである。つまり先ほどのXYZ座標で言うと、Z軸方向へのベクトルが生じることになる。そして、クルクルと回りながら一気に回転半径をすぼめ、ほとんどまばたきする間もなくHA方位にピタリと頭を揃えるのである。

このモデル図には、磁壁最端部の単位胞と、その隣の単位胞までを描いたが、角度θ分の方位転換は、この後ろに続く磁壁中のすべての磁気モーメントはもちろん、磁壁が終わったその先の単位胞、すなわち反対側の磁区の最端部の単位胞にも同時に起きるので、結果として磁壁全体が(その幅を変えずに)、右方へ1単位胞分シフトすることになる。つまり、磁壁最左端の磁気モーメントが、HA方位(すなわち磁界方位)に頭を揃えた瞬間には、もう一方の磁壁端に隣接する磁区中の磁気モーメント一列が、対角のHA方位から頭をθだけ持ち上げて磁壁の最右端に取り込まれることになる。

そして、その変化は、およそ1億分の1秒〜千万分の1秒という時間内に完了するが、逆から言えば、磁壁はそれだけの時間をかけてやっと単位胞一列分の移動を果たすわけであり、まさに、その時間経過にこそ、疾走する交流磁界に追い越された磁壁が一歩も先に進めなくなる本質的な原理が隠されている。

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