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GRAIN15 思いがけぬ磁壁の強化法

思いがけぬ磁壁の強化法

磁壁のフットワークに多大な影響を与える因子として、ざっと4つほどの難物をあげたわけであるが、その2つ目に磁壁自らの幅というテーマがあった。ここで問題にしているのは、初透磁率μiに直接反映する磁壁移動の俊敏さであるから、我が身の"幅"が問題となると、仮に、「狭い」をライト、「広い」をヘビーと置きかえれば、これはどうやら磁壁のシェイプアップに関する難題ということになりそうである。

余談はさておき、すでにご承知のとおり、磁壁中の磁気モーメントは、上の単位胞モデルにバイオレットカラーで示したエネルギー(結晶磁気異方性エネルギーWk=DETAIL)の障壁に足をからめとられ、安定方位a、bを指し示す磁区中の磁気モーメントよりも高いエネルギーを付与されている。つまり、磁壁の幅が広くなるということは、エネルギーの高い磁気モーメントを抱えた単位胞の数が増加するということであり、それはそのまま磁壁全体のエネルギーレベルを引き上げる結果を招く。つまり、磁壁が俊敏な動きを得るためには、人間同様、お腹のたるみ、すなわち磁壁中に取り込まれる単位胞の数をできるだけ減らし、磁壁の幅をスリムに引き締めることが肝要、ということになりそうだが、じつは、そう簡単にはいかない事情がある。

 

DETAIL

GRAIN 10で述べたように、フェライト結晶の最小ブロックである単位胞がもたらす磁気的な場は均一なものではなく、その結晶軸方位は、磁化し易い方位(磁化容易軸)と磁化しにくい方位(磁化困難軸)に分かれる。このようにその結晶の軸方向により磁気的な性質を異にする性質を結晶磁気異方性と呼び、磁気モーメントの向きを変える際に大きなエネルギーを必要とする磁化困難軸方位と、少ない磁界で容易に磁気モーメントを向かせることのできる磁化容易軸方位の間にはポテンシャル・エネルギーのレベル差があると考えられる。つまり、磁化容易軸を指し示す磁区内の磁気モーメントがビルの1階に住んでいるとすれば、磁化容易軸からずれた方位を示す磁壁中の磁気モーメントは、そのずれの大きさに応じて、2階、3階と次第に高いポテンシャルエネルギー準位(その最高位、つまりWkの頂点の高さを結晶磁気異方性定数K1の値で示す)に位置することになり、グレイン全体のエネルギーを高める働きを示すことになる。

上のモデル図に示すとおり、磁壁の幅がせばまり、その間に並ぶ単位胞が減少すると、各単位胞に宿る磁気モーメント間のズレ角度θ(磁壁中で均等に分割される)は、逆に大きく開くことになる。

すると、超交換相互作用のエネルギーWaが、なんとθの2乗に比例する勢いで台頭してくるのである。GRAIN 6で詳説したとおり、A、B格子間に働くこの作用は、単位胞に大きな磁気モーメントを付与し、その方位を整然と並べるレンガ職人のような力を発揮するが、磁気モーメントのズレ角度θが大きくなると、その職人が「おいおい!」と怒り出し、ずれた角度を猛然と元の方位に戻そうとするのである。

つまるところ、磁壁の幅は、その中に取り込まれる単位胞の数が増えるにしたがい増加する結晶磁気異方性エネルギーWkと、反対に単位胞の数が減ると急増する超交換相互作用のエネルギーWaの和が最低となるようなポイントに落ち着くのである。両者ともにレベルダウンすれば磁壁を構成する単位胞のエネルギー総量も低下することになるが、超交換相互作用のエネルギーWaは、A、B格子に納まる金属イオンの種類と比率、すなわちフェライト組成に固有のエネルギーで、物性の根幹にかかわるファクタなので、そうやすやすと操作できるものではない。

となれば、磁壁の足かせとなっている結晶磁気異方性エネルギーWkの障壁を抑制するよりほかにない。たとえば、Wkの障壁を下の単位胞モデルのレベルまで抑制できれば、右のグラフに示すとおり、超交換相互作用のエネルギーWa はそのままでも、WkとWaを加えたエネルギーの最小ポイント、すなわち、磁壁エネルギーはかなり低いレベルで安定することになる。 ところが、その結果は、超交換相互作用のエネルギーWa の関与を考慮しなかった当初の見立てと異なり、磁壁の幅を逆に広げる傾向を示唆している。これは、結晶磁気異方性エネルギーWkの低減が、相対的に超交換相互作用のエネルギーを優位なレベルに押し上げ、単位胞間の磁気モーメントのズレ角度θが小さく修正された結果と見ることができる。つまり、磁壁に取り込まれる単位胞の数が増加する分、磁壁の幅は広がるものの、結晶磁気異方性エネルギーのハードルが抑制され、しかも単位胞の磁気モーメントを平行に揃えようとする超交換相互作用のエネルギーが力を増しているので、磁壁中の単位胞の磁気モーメントはするすると回転できるようになり、結果、磁壁は駿足を得ることになる。

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