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GRAIN12 磁壁をはばむ落とし穴
磁壁をはばむ落とし穴
空想科学小説の世界ならいざ知らず、完全無欠の結晶というものが、天然、人工の区別なく、現実世界には存在しないといってよい。直径わずか5ミクロンほどのフェライト結晶粒、グレイン1個にすら、イオン化した56個の原子から成る単位胞がぎっしりと2千億個あまりつまっているのである。これだけの数の中には、席を間違えて座り込むトンチンカンな原子もいるし、員数の足らないブロックもある。
そこでじつは、上のモデルに示すとおり、そうしたグレインの弱みを少しでも解消しようとして、○で示した空孔などの結晶欠陥をわざわざ選択して磁壁は自分の落ち着く場所を決めるのである。視点を変えれば、欠陥にともなうエネルギー増加を極力小さな値にとどめるために仕組まれた、欠陥そのものの自己浄化作用とみることもできる。つまり、外部磁界Hに背中を押されるようにスルスルと移動する磁壁のフットワークの善し悪しは、グレイン中に点在する極小欠陥の量と分布状態に少なからぬ影響を受けるわけで、下のモデルに示すように、外部磁界Hの力が磁壁の前に立ちはだかる欠陥エネルギーの障壁を超えたとたん、一気に次なる高嶺まで突き進むという段階的な移動をとげることになる。
しかし、そうなると、前節で触れた初磁化曲線のなめらかなS字カーブの説明がつかないことになるが、冒頭のモデルをよくご覧いただくとおわかりのように、個々のグレインが示す磁気モーメントの方位と欠陥の量は(グレインごとに微妙に異なるものの)おおむね平均化しているため、フェライト全体のマクロな磁化プロセスを示す初磁化曲線はなめらかなカーブを描くことになるわけである。
また、下のBHカーブ(後に触れるヒステリシス・ループと同義)に囲まれた細いラインの初磁化曲線が示すとおり、磁界を強めていけば、ついにすべての磁気モーメントが外部磁界Hの方位に揃い、飽和磁束密度Bsに達することになるが、それはそのまま、そのとき発生する磁極の強さが最大に達することを意味している。つまり、成長したグレインが磁区に分裂する際の状況と酷似した緊張が発生しているわけで、ここで磁界をカットすれば消えた磁壁がにわかに復元され、欠陥エネルギーの障壁をよじ登りながら元の安定位置を目指すのである。しかしながら、発生と同時に安定位置に落ち着いた磁区形成の場合と異なり、欠陥エネルギーの障壁を"自力"でのり越えての帰還は難儀を極める。磁壁はついにいくつめかの障壁を登りかけたところで力尽きてしまい、谷間にはさまれたまま、残留磁束密度Brを残すことになる。
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