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GRAIN10 頭をひねる磁気モーメント
頭をひねる磁気モーメント
さて、グレインが大きくなるにつれて、磁気エネルギーが増大する理屈は、グレインを成長する磁石と見立てることで容易に理解できることである。だが、単位胞に宿る磁気モーメントが身をよじるようにその方向を反転すると、なぜ、反転以前の状態よりエネルギーが高まってしまうのだろうか。エネルギー的に最も安定した方位を向いていた磁気モーメントが、それとはまるで反対の方向を向くのだから、反転した磁区を形成する単位胞ひとつひとつの磁気モーメントは、もともとの方位を向いている磁気モーメントに比べそれだけ無理をしている、と考えることもできそうであるが、じつは、そうではない。
前節でもチラリと触れたとおり、新たなエネルギーは反転した磁区にではなく、磁区の間に存在する磁壁に発生する。となると、磁壁なるものの実態が気になってくるが、なにしろこうした名前なので、第一印象として、仕切り板のようなものが磁区の間にそびえたっている光景を思い浮かべられたとしても、無理からぬことである。そこで、ぜひ、ご承知いただきたいのは、磁区形成によりグレイン内の単位胞の配列に何か異変が起きたということではまったくない、ということである。つまり、磁区形成以前と以後を比べても、グレインの結晶構造にはなんら変わるところはなく、大きな変化を見せるのは、その結晶を構成する金属イオンの3d軌道(電子雲)に陣取る電子が示すスピン磁気モーメントの方位(ひいては単位胞に宿る磁気モーメントの向き)なのである。
言葉では、まるでナゾナゾのようなあんばいになってしまうので、その辺りの事情を2つのモデルに描いてみた。
こうしてみると、磁壁の正体もおのずと明らかとなる。つまり、磁壁の正体は、磁区を区切る板のようなものではなく、磁気モーメントの方位を少しずつずらしながら並ぶ単位胞の「列」なのである。しかも、完全に反転した磁気モーメントのエネルギーが、反転以前の安定状態とまったく等しい値に落ち着くのに対し、磁壁中の磁気モーメントは二つの安定方位の間にそびえ立つエネルギー障壁にからむように分散しなければならない。
下の図に示すとおり、単位胞を取り囲むエネルギーの場は均一ではなく、単位胞の中心を通る4本の対角線の両端が示す8つの方位を最低レベルとして、三次元的に波打つように分布している。つまり、これまで述べてきた磁気モーメントの安定方位とは、まさしくこの8つの方位のどれかひとつを意味していたわけで、それと反平行の方位を向いた磁区もまた、エネルギー増加になんら関与しない安定方位に落ち着くことはもちろん、実際に無理を強いられているのが磁壁中の磁気モーメントである事情も、こうしたエネルギー分布のもたらす結果としてとらえることができるわけである。
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