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GRAIN8 分裂するフェライト結晶
分裂するフェライト結晶
電子顕微鏡をのぞいても、やっとその幅がわかる程度の極小フェライト結晶単位、単位胞を舞台に、フェライト磁性の強化策についてあれこれと計算づくめの話をしてきたが、いま少し身を引いて磁気モーメントそのものの動きを眺めてみると、これが、なかなかに含みのあるふるまいを見せてくれるのである。
そこで、そこそこの倍率に設定した電子顕微鏡を取り出し、フェライトの断面をのぞいてみることにしよう。すると、指輪に仕立てたくなりそうな独特のカタチをした結晶のかたまりが、ぎっしりとすき間なく並んだ光景が迫ってくる。
すでに述べたとおり、フェライトはA、B副格子が整然と並んだイオン結合の結晶体であるが、生まれたての結晶は、少量の単位胞からなるきわめて微小なかたまりである。それが、次第に成長し、やっと一人前の機能を宿すまでに育った姿が、この"磁性のダイヤモンド"というわけである。
したがって、グレイン(Grain)と呼ばれるこのかたまりの中には、下のモデル図に示すように、一辺わずか8オングストロームの立方体である単位胞が、それぞれの磁気モーメントの方位をピタリと平行に揃えながら、一糸の乱れもなく整然と並んでいるはずなのであるが、さてフェライト結晶もここまで大きく育ってくると、これまで見てきたようなミクロ的な磁性のやりとりだけでは説明のつかないふるまいを示すようになる。
そこで、今度は、蒸留水にマグネタイト(磁鉄鉱=Fe3O4)の微粉末を分散させたコロイド状の液体を用意し、その中にフェライト断片をしばらく浸したのち乾燥させた試料を電子顕微鏡でのぞいてみることにする。すると、下のモデル図に示すとおり、マグネタイト微粉末の堆積したストライプ模様が、平原を流れる川のようにくっきりとグレインの表面に付着している様子が見てとれるのである。
マグネタイトの微粉末が細い川筋を示すように吸着されるということは、その部分に微小な磁束が漏れ出ていることを示唆している。つまり、この光景は、グレインを構成する個々の単位胞に宿る磁気モーメントが、この川筋をはさんで互いに反平行に向き合う小ブロックに分裂していることを示しているのである(このブロックを磁区=ドメインと呼ぶ)。
グレインが次第に大きなかたまりに育つ過程において、その両端に現れる磁極の力は次第に強大化し、同一磁極間では反発し、異磁極間ではさかんに引き合うというおなじみの力もまた大きくなる。すると、超交換相互作用により同じ方向を指し示していた単位胞の磁気モーメントが、左のイラストに示すように、いくつかのブロック単位でくるりとその方位を反転し、磁極に発生したエネルギーを抑えにかかる。すなわち、グレインは、磁区を形成することにより、自らのエネルギーをできるだけ小さく抑制しようとするわけである(DETAIL)。
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強磁性体が外部に磁性を示さない理由として、磁気モーメントを平行に揃える単位胞集団がそれぞれランダムに配置している光景を最初に想定したのは、フランスのヴァイスであった(1907年)。この予見は、1992年、マグネタイトの微粒子を用いたアメリカのビッターらの観測により実証されたが、試料表面を研磨する際に生じた磁気的なひずみ効果のため、その磁区模様は実相とはかけ離れた迷路状の図形を示していた。その後、フランスのネールらにより、磁区構造に関する理論的な追求が行われ、グレインが磁区に分裂するのは、磁極に発生するエネルギー(静磁エネルギー)や次節で詳説する磁壁エネルギー、さらに後に詳しく触れる結晶磁気異方性エネルギーや磁歪エネルギーなどの総和を極小とするように発生する自発的な磁気モーメントの方位転換によるものであるとされ、その実相は、1945年、ウイリアムスやショクレーらによって慎重に行われた観察により実験的に確認された。すなわち、マグネタイト微粒子のコロイド溶液を用いた観察結果は磁気モーメントの方位を互いに反平行に向ける直線的な磁区模様を浮かびあがらせ、個々の磁気モーメントが最小のエネルギーで安定化する構造を物語るものであった。 |
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