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GRAIN6 思わぬ磁性の寝返りわざ

思わぬ磁性の寝返りわざ

これまでの観察のおさらいになるが、フェライト結晶を構築している1辺8Å(オングストローム)の極小"レンガ"、単位胞は、8個のA格子と16個のB格子で構成されているわけであるが、3d軌道には5つの小部屋しかないので、どうがんばっても、1格子に納まる1金属イオンあたりの最大磁子量は、5MBにしかならない。したがって、1単位胞に納まるB格子陣営が発揮できる磁気モーメントの総量も、5MB×16個=80MBが最大値となるが、前節でみたとおり、Fe3+イオンと同じ5MBを発揮するMn2+イオンでA格子のすべてを埋めれば、当然ながら5MB×8個=40MBが目減りして、1単位胞当たりの磁子量は40MBに半減してしまう。

そこで、はたと思いつくことがある。前節で得た結論の先をご賢察された諸兄は、すでに見当をつけておられると思うが、3d軌道上に不対電子(すなわち磁性として発現される磁気モーメント)を持たない金属イオンをA格子陣営の足を引っ張る"伏兵"として投入することができるならば、Fe3+がずらりと並んだB格子陣営の最大磁気モーメント量80MBを、そっくりそのままフェライト1単位胞あたりの磁性として取り出すことも夢ではない。もちろん、3d軌道遷移金属グループの要員に、この役目を果たせる曲者がいるのなら、頭をひねる先に最初から投入している。

3価の鉄イオンがすでにB格子に納まっているので、A格子に投入する"伏兵"の価数は+2でなければならず、なおかつ3d軌道上に不対電子がひとつも存在しない非磁性イオンでなければならない。そこで、周期律表を検索してみると、この条件を完全に満たす金属原子がある。定員いっぱいの10個の電子を3d軌道に納め、4s軌道に2個の電子を持つ原子番号30の亜鉛(Zn)原子である。3d軌道が安定した閉殻となっているので、このZn原子は、4s軌道の2個の電子を放出してくれて、容易に2価の陽イオンとなる。

3d軌道に不対電子を持つ遷移金属グループの末席に控えるCuのすぐ隣に位置するこの磁気的な"なまけもの"が、A格子にひとつでも納まってくれれば、下のモデル式に示すように、その分だけA格子陣営のパワーは確実にダウンすることになり、8席すべてを占拠すれば、80MB丸もうけの快挙が達成できることになる。うまいことに亜鉛イオンは鉄イオンより、積極的にA格子に納まりたがるので、この読みはタヌキの皮とは違って、かなり期待できそうである。

ところが、いざ実際に試みてみると、現実は算術より奇にして怪なり、であった。亜鉛イオンの含有率を増すにつれ、フェライトの発揮する磁性は、確かに思惑どおりに上昇し始める。ところが、そのまま亜鉛イオンを増やし続けていくと、磁性の伸びは次第に鈍化し、ついには、弾に当たった哀れな鳥のようにハラハラと急降下してしまったのである。

右側の青帽子はB格子陣営に属する磁子量5MBのFe3+イオン、それと対向する左側の赤帽子はA格子に納まる同じ磁子量5MBのMn2+イオン、そしてまるで仕事をしていない白帽子が磁子量0MBのZn2+イオンを示す。1単位胞は24個の副格子により構成されているが、この"綱引き"モデル図は、その半分の格子数で構成し、Mn2+イオンをZn2+で置換していくプロセスをモデル化した。Zn2+イオンを含まない最上列の総磁子量は20MB。Zn2+イオンが1個割り込むと5MB増加し(2列目)、A格子の半分を占めると、総磁子量は30MBに達するが(3列目)、これに気を良くしてさらにZnイオン送り込むと、磁子量は見る間に減少してしまい、亜鉛イオンがA格子の全席を占領すると、この物質の磁性は完全に消失してしまう。

この奇怪な現象を解く鍵は、下のユニット・モデルに示した酸素イオンO2-と金属イオン(Fe3+およびMn2+)間で取り結ばれる"秘密の交渉事"にある(ブルー破線の楕円で囲った領域)。

じつは、A、B両格子に陣取った金属イオンの3d軌道上に存在する不対電子は、ブルー破線の楕円で囲った領域の中央に位置する共有酸素イオンの最外殻電子雲を介し相互に量子力学的な交換関係を取り結んでいたのである。

最外郭電子雲(軌道)の接点においてO2-イオンの2p軌道のひとつに位置する1個の電子が、重なり合った金属イオン(モデル図ではFe3+イオン)の3d軌道のひとつに位置すると(1)、パウリの原理から、この電子に宿る磁気モーメントの方位は、その3d軌道上にある金属イオンの電子の方位(モデル図では上向き)と反平行(下向き)になる。このとき、O2-イオンの同じ2p軌道上に存在するもうひとつの電子は、同じくパウリの原理に従い、金属イオンの3d軌道と接触した電子(1)の磁気モーメント方位と逆の向き(上向き)をとる(2)。そして、その電子は、重なり合う金属イオン(モデル図ではMn2+イオン)の3d軌道上の電子との間に通常の交換相互作用(ハイゼンベルグ型)を取り結び、それが負の作用であれば、3d軌道上の電子の磁気モーメントは重なり合ったO2-・2p軌道上の電子のそれと反平行となり(3)、その一連の交換相互作用の結果としてB格子とA格子の磁気モーメントの方位は反平行を示すことになる。 しかし、以上のやりとりは、金属イオンに不対電子が存在することを前提とした相互的な交換作用であり、金属イオン(モデルではMn2+イオン)の磁子量が低減する(すなわち不対電子の数が減少する)のに伴い次第に弱まってしまうのである。不対電子がひとつも存在しない3d軌道を最外郭電子雲とするZn2+イオンでMn2+イオンを置き換えることも、ここで言うところの磁子量の低減化に他ならないが、このような置換により、A格子に納まる金属イオンの総磁子量が低減するにつれ、今度はB格子間の磁気モーメントを反平行に向ける交換作用が次第に強まり(結晶全体のエネルギーを低く安定させようとする原理による)、単位胞当たりの総磁子量は見る間に減少してしまう。そして、磁性を持たないZn2+イオンがA格子の全席を占領すると、くだんの綱引きモデルの最下列に示したなんともなさけない結果と相成るのである。

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