With ferrite by TDK
GRAIN5 最強コンビのお膳立て
最強コンビのお膳立て
互いに背を向け合う磁性イオンの比率が、画然と1対2に仕切られ、均衡を崩しているところに、フェライト磁性の独特な表情があるわけだが、さて、その突っ張り合いを脇から操作しようということになれば、それなりに頭を使う必要がある。
フェライト磁性の表情をキリリと力強く引き締めるには、A、B両格子の、どちらに肩入れするのが賢明かと、これは、考えるまでもない。多数派のB格子陣営に強大な力を与え、その足を引っ張る少数派のA格子陣営には元気のいい金属イオンは送り込まぬが肝要である。
そこで、個々の金属イオンに宿る磁性の程度が気になるが、それは、すでに詳しく観察したように3d軌道上を孤独に巡る不対電子の員数に依存する量であった。つまり、ボーア磁子1MBの整数倍で表わされる磁子量ごとに金属イオンを分類した"虎の巻"が、ここへきてやっとその真価を発揮することになる。GRAIN3,4でチラリとお見せした表とは、配列が異なるが、下の表に串団子のような矢印を付されて並ぶ一連の数字が、各金属イオンのボーア磁子量である(つまり、団子は1個の電子、串は電子に宿るスピン磁気モーメントを模している)。電子1個に固有のスピン磁気モーメント量をボーア磁子1MBとするわけだから、この数字がそのまま不対電子の数を反映していることは断るまでもない。また、3d軌道の"部屋数"は5つなので、1金属イオンあたりに宿る最大のボーア磁子量が5MBとなることも、ことさらな説明を要すまい。
となれば、最大値5MBの磁性を宿す2価のマンガンイオンか、3価の鉄イオンをB格子陣営に送り込めば、初手としては、これに勝る布陣はないことになる。だが、そう単純に事を運ばせてくれないのが、表に並ぶA、B2列の数字なのである。AとBが各陣営を指していることはお察しのとおりであるが、その下に並ぶ数字が何を意味しているかといえば、各金属イオンがA、Bいずれの陣営を好む性癖が強いか、その度合いを3d軌道上の電子の数と、周囲の酸素イオンの配置の関係から求めた計算値(単位:Kcal/mol,括弧内の数字は%)というわけである(あくまで結晶場理論にもとづく近似的な値であり、実際の選択度と必ずしもよい一致を示すものではないが、3価の鉄の傾向に関しては、実験的にもほぼ同様の結果が確かめられている)。
つまり、値の大小が、嗜好性の強弱を示す。そこで、くだんの豪傑の好みを見ると、あろうことか両者共にゼロふたつで、これは要するに、出たとこ勝負、気分まかせでA格子にもB格子にも納まりますよ、と言っているようなものである。それでははなはだ都合が悪いので、厳密な実験を繰り返してみると、2価のマンガンイオンは括弧の中の数字に示すとおり、なんと80%の高率でA格子に納まることがわかり、状況はますます悪化してしまった。
そもそも、フェライトは、XFe2O4(Xは鉄以外の金属イオン)という一般化学式で示される金属イオンと鉄イオンの化合物である(Xに鉄イオンが納まると、GRAIN 3で触れたマグタイトFe3O4になる)(DETAIL)。つまり、A格子1つ、B格子2つから成るユニットにおいて、鉄イオンが2つの副格子を占めなければならない事情があり、その上、1ユニットは電気的に中性とならなければいけないので、金属イオンの総価数は+6でも+9でもなく、酸素イオン4個の-8と釣り合いが取れていなければならない。
DETAIL
次節で具体的な事例が登場するが、鉄以外の金属イオンXは、異種の金属イオンの複合となるケースもある。つまり、フェライトを構成する全ユニットのある部分と別の部分で異なるXが納まるケースで、1ユニットを表わす化学式はX1-nYnFe2O4となり、1-nとnは、種類の異なる2つの金属イオンX、Yの含有比率を示すことになる。
一見単純そうに見えたイオンのやりとりも、いざ操作に乗り出してみると、なかなか一筋縄ではいかない仕組みに支配されているようであるが、紆余曲折のハイライトはこのあと順次ご覧いただくとして、やはり、最強磁性をものにするのには、下のモデル図に示すように、5MBを発揮するくだんの強者同士を組み合わせるのが、最も見込みの高い狙い目と言えそうである。
TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです