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GRAIN4 フェライト磁性の素顔をのぞく

フェライト磁性の素顔をのぞく

前節では、フェライトを特徴づけているイオン配列の最小ユニットをご覧いただいたが、上のモデル図は、もう少し身をひいて見たフェライト結晶の極小構造である。ご承知のとおり、結晶とは、基本となる原子配列のモチーフが三次元的に規則正しく整然と積み重ねられた物質を意味するが、このモデル図は、まさにその基本モチーフ、フェライト結晶の単位胞というわけである。

それにしては空部屋が目立つ、とお叱りを受けそうだが、確かにこのモデルは風通しが良すぎる。ところが、この立方体の中には、くだんの最小ユニット(下のモデル図)が8セットも納まっているので、すべてのイオンを描くと団子屋の店先になりかねないのである。

言い訳はともかく、この最小ユニットは、鉄などの遷移金属イオン3個と酸素イオン4個(モデル図に酸素イオンが多い理由は前節の解説欄で述べたとおりである)により構成されているので、基本モチーフである単位胞1個の中には、32個の酸素イオンと24個の金属イオンが詰まっていることになる。 そして、この超ミクロな立方体のジャングルジムは、構造的な基本単位というばかりではなく、フェライト磁性を考察する際にも、基本的な機能を規定する"磁性のレンガ"として扱うことができる(DETAIL-1)。

そこで、再び最小ユニット・モデルに近づいてみると、この構造は、酸素イオンと金属イオンの比率の違う2つの副格子(単位胞内に規則的に配列している金属イオンの納まる位置)の合体としてとらえることができる。すなわち、酸素イオン4個の中心に金属イオンを収納するA格子と、6個の酸素イオンに金属イオンが取り囲まれたB格子が、1対2の割合で組み合わされて、最小単位胞を支えているわけである。

 

DETAIL-1

モデル図に登場する酸素イオンと金属イオンは、イオン結合の"手"を示すラインまたは棒で結ばれているが、実際には下の球体モデルに示すように、個々のイオンは、互いの最外殻電子雲をすれすれに接触させながら結合している。つまり、隣接するイオン間の距離は、各イオンの半径の和として計算することができ、測定した値との差は、一般に2%以下と小さい。ちなみに、このモデルにおける酸素イオンの半径は1.40Å(オングストローム:原子レベルの尺度としてよく使用される。1Å=10-8cm=1億分の1cmである)、金属イオンを2価の鉄とすると、その半径は、0.75Åであり、単位胞の一辺もわずか8Å程度にしかならない。

各イオンを取り囲む電子の存在確率は、電子を波ととらえる量子力学の波動方程式により与えられるが、各イオン間の"触れあい"の親密度は、X線回折実験によって測定できる。その結果によると、静電引力によって引きつけられた各イオンの距離は、ほぼ隣接するイオンの半径の和に等しく、電子の存在確率はその接触点においてほとんどゼロに近い値となる。つまり、各イオンはあたかも1個のガラス玉のようにふるまっているわけで、接触してもゆがまない硬い球体モデルで置き換えることが許される。そして、このような事実から、1個の原子における1つのエネルギー"状態"には1個の電子しか存在し得ない、という"パウリの原理"の正当性も保証されるわけで、もしもそうでなく、1つのエネルギー状態にいくつもの電子が納まることが許されるならば、各イオンは互いに"しみ込む"ように電子雲を重ねあうことになるが、そのような事態が起きるとすれば、机の上でピタリと寄りそった2つのフェライト素子は、時を待たずして一体化してしまうことになるだろう。

そこで、前節でチラリとお見せしたとおり、孤独な不対電子を抱える遷移金属イオンは、その数に見合った磁性を宿すことになるが、面白いことに、単位胞を構成するA、Bいずれかの副格子にそれらの金属イオンが納まると、上のユニットモデルに示すように、 まるで互いにそっぽを向き合うように、矢印で示したそれぞれの磁気モーメント(不対電子のスピン磁気モーメントを合成したイオン単位の磁気モーメントの意)の方位を反平行に並べる拳に出るのである(DETAIL-2)。

 

DETAIL-2

存在比率の異なるA、B2種の副格子により単位胞が構成され、隣接する異種の副格子に納まる金属イオンが、量子力学的な負の交換力によって、それぞれの磁気モーメントを反平行に揃えることにより、外部に磁性を発揮する。フェライトを特徴づけるこのような磁性の構造は、反強磁性の一種として分類され、フェリ磁性と呼ばれる。このように、ある物質の磁気的特性は、イオン(あるいは原子、分子)の種類と、それに固有の磁気モーメント、ならびに相互に関係する配列の構造によって決定される。

上のa図は、常磁性と呼ばれるもので、個々のイオン(原子、分子)は、磁気モーメントを所有するものの、それらは熱エネルギーにより乱雑な方位を向き、物質全体としては磁性を示さない。b図は、磁気モーメントが平行に揃う強(フェロ)磁性であり、正の交換作用により、隣接する磁気モーメントの方向が平行となり、きわめて強い磁性を示す。それとは逆に、隣接する同じ大きさの磁気モーメントが交互に反平行を向いてしまうと、c図に示す反強磁性となり、その方位が反平行から少しずれたケースとして、d図のような特殊な反強磁性も存在する。また、このほかに、外部から磁界を加えると、磁界方向とは反対方向に磁化される反磁性と呼ばれる磁気特性もあるが、このように眺めてみると、フェライトの発揮するフェリ磁性が、なかなかに含みの多い構造を持っていることがおわかりいただけると思う。

すべてのA格子が空を見上げれば、すべてのB格子は足許をにらみつける。つまり、単位胞に納まった24個の金属イオンが、2対1に分かれて磁性の綱引きを始めるわけだが、しかしそうなると、仮に上のモデルに示すように、少数派のA格子に納まった金属イオンが倍の数のB格子陣営と互角に張り合ったとしたら、両者の磁性は相殺されてゼロとなり、磁性ゼロの"レンガ"をいくら積んでもその答はゼロになるより他ないので、孤独な不対電子をたっぷり仕込んだフェライト結晶も、単なる石コロと化してしまうことになる。石コロとは、いかにもむなしい仮定だが、遷移金属イオンの名簿を改めて眺めてみると、有り得ぬことでもない。そこで、次節では、このあたりの不安の的中確率も含め、A、B両格子の磁性制御の実際についてご覧いただくことにしよう。

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