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GRAIN2 ふたつの顔を持つ4番目の量子
ふたつの顔をもつ4番目の量子
察するに、量子概念の創始者であるプランクの思いは、自然を形作っているすべての要素は、たとえそれが光のように、どこから見ても連続的な変化を示すとしか感じられないエネルギーであっても、それ以上には分割できない最小の単位をよりどころとして成立している"不連続な量"に違いない、というものだった。プランクは、じつに素直な気持ちから、その"ひとかたまり"の最小のエネルギー"量"に、「量子」(quantam)という名を与えただけの話である。国語辞典では物理学用語として登場するこの言葉も、念のため英和辞典にあたれば、親しみ深い常用単語であり、「特定の量」を意味し、給料のように決まった額の「取り分」だったりする(DETAIL-1)。 しかし、ここで確認しておきたいことは、量子化された電子という概念は、プランクの観念的所産というわけでは決してないということである。話はむしろ逆で、エネルギーを連続的な量とみなしてきたそれまでの物理学には一切口を閉ざしてきたミクロ世界に深くかかわる実験的な諸事実が、"固有のエネルギー量"という発想の前に、初めてその構造を開示してくれたのである。 つまり、下の原子モデルに示すように、1個の原子に属するZ個の電子は、3つの量子数n、l、m(識別記号と考えていただいてかまわない)によって、極めて厳格にそのポテンシャルエネルギー準位(DETAIL-2)、運動様式、磁場中における行動領域の多重度を決められていたのである。 注:量子数" l"は英小文字の"エル"(以下同様)
※DETAIL-1
量子概念について、アインシュタインはその著作の中で次のように述べている。「私達は多量の砂の重さを計る場合に、その山が小さな砂の粒からできていることを知っていても、その質量を連続的なものであるとみなすことができます。しかし、もし砂がダイヤモンドのように大変高価なものなら、砂の質量は、いつも1粒の倍数で計られることになるでしょう。この1粒の質量こそ、すなわち私達の素量子というわけです」。
※DETAIL-2
位置エネルギーのことである。正電荷を持つ原子核中の陽子と負の電荷を帯びた電子の間には、静電的な引力(クローン力)が働くが、原子の質量のほとんどは原子核に集中しているので、両者の関係は地球(原子核)の周りを巡る小さなリンゴ(電子)といったモデルで近似できる。つまり、原子核に近くなるほど、電子に働く静電引力は強まることになるが、位置エネルギーは逆に小さく安定することになる。ビルの4階に存在するあらゆる物質は、1階に存在するあらゆる物質に比べて、大きな位置エネルギーを持つことや、水力発電が、水の位置エネルギーを利用したものであることは、ご承知のとおりである。
そして、歴史的には上記3種の量子に遅れることになったが、さらにもう一種、個々の電子に宿る"固有の磁気量"を規定している2つの量子、すなわち下の表に上向き(+)、下向き(−)の矢印で示した、正負2つの「スピン磁気モーメント」が発見されるに至り、それまで謎のまま残されていた実験結果もやっと解明されることとなった(DETAIL-3)。
DETAIL-3
プリズムにより太陽光線がスペクトルに分解されることを発見したのはニュートンであるが、1859年、ドイツの化学者ブンゼンは、食塩水をひたしたボロ布をガスバーナーで燃やし、そのとき発せられる光が黄色い線を含む数本の細い線に分光されることを発見し、その後の実験により、その黄色い線がナトリウム原子に固有のスペクトル線であることをつきとめた。元素のスペクトル線の最初の発見であったが、1896年、元素のスペクトル線が磁場の中でさらにこまかく分かれる現象がオランダのゼーマンにより発見され、当時はローレンツの原子論によって説明されたが、今日の量子論においては、電子の角運動量(原子核を中心にどのような軌道を描くか、そのゆがみ方を示す量と考えてかまわない。すなわち表中のl(英小文字のエル)で示される方位量子数である)の磁場方向成分の量子化の結果、磁場をかける前には同じレベルにあった電子のエネルギー準位が2×l+1個のエネルギー準位に分裂する結果と説明される(これがすなわち表中mで示される磁気量子数の意味である)。 しかし、その後、そのように分裂したスペクトル線が、さらに細かく分裂していることが確認され、理解不能の謎とされた。それが、スピン磁気モーメントの存在による分裂であることを理論的に解明したのは、1928年、それまでの量子論(一般に前期量子論と呼ばれている)とアインシュタインによる相対論を融合する波動方程式を完成したイギリスの理論物理学者、デイラックであった(スピン磁気モーメントの概念は、その3年前の1925年、オランダのウーレンベックとハウトシュミットによって得られており、量子数をまとめた表の解説で触れている"パウリの原理"も、当初、この2人の考えに反対していたパウリが、さまざまな実験的な裏付けを見せつけられるうちに仕方なくオリジナルに手を入れた結果である、という風聞も伝えられている)。
つまり、1個の原子に属する電子のひとつひとつには、n、l、m、そして+と−に分かれる2種のスピン磁気モーメントの組み合わせによって、原子内に不連続的に存在する"唯一のエネルギー状態"が与えられていることになり、その必然の結果として、上の小さな表に示すように、原子に納まる順位も原子全体のエネルギーがより安定する方向で厳密に決められることになる。
そこで、Ga(ガリウム)原子の電子構成を示す上の表には、合計31個の電子(磁気モーメントを表す矢印1個が電子1個に対応)が存在するが(つまり、この表全体で原子番号31のガリウム原子1個を表している)、4s軌道(電子雲)までは、すべての席に電子が充填され、+と−のスピン磁気モーメントも対を作り、互いに磁性を打ち消しあっている。しかし、一番外側の4p軌道の電子雲には、1個の電子しか存在せず、原子全体の磁性はスピン磁気モーメントひとつ分だけ平衡を崩していることになる。
このように孤独な電子を不対電子と呼ぶが、それが、ガリウム原子のように最外殻の電子雲ではなく、そのすぐ内側の電子雲に1個、2個と取り残されると、そこに思わぬ潜在能力が仕掛けられることになる。
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