テクのサロン
1. 空想から現実に変貌するナノテク 21世紀前半のキー・テクノロジーに
ナノテクノロジー、空想から現実へ、研究から産業へ
ナノテクノロジーというのは、主に100ナノメートル以下の微細なスケールの物質を操る技術である。1ミリメートルの1/1000が1マイクロメートル、1マイクロメートルのさらに1/1000が1ナノメートル、つまり1ナノメートルとは1ミリメートルの1/100万である。したがって100ナノメートル以下のスケールを扱うナノテクノロジーというのは1/1万ミリメートル以下の微細な物質の構造を積極的に操って、新たな機能や性質を生み出す技術なのだ。「ナノメートル単位の微細スケール」と「原子を積極的に操る」ということがナノテクノロジーの核心である。 水素原子の大きさはだいたい0.25ナノメートル。炭素原子の大きさはだいたい0.35ナノメートルだから、ナノテクノロジーとは、原子数個〜1000個オーダーの大きさの物質の構造や物性を操り、利用する技術ということになる。このようにナノテクノロジーの定義には緩やかな幅があることは事実だ。その理由は「科学技術的」な部分から「産業技術的」なものまで、同じ言葉の中に含めてしまうという最近の風潮が背景にある。確かに夢は大切だ、しかし今日明日の生活はもっと大事だ、という訳である。
「科学技術的」な部分にはさまざまな技術が含まれる。フラーレンやカーボン・ナノチューブに代表される特徴的な構造を持つ分子の性質を利用することがナノテクノロジーの象徴のように言われる。その一方で分子コンピュータや量子コンピュータといった夢のような話がまことしやかに語られる。実現された暁には、といった未来論もよく聞かれる。おおむね可能性の領域に含まれる話題と言ってよい。 その一方で「産業技術的」ナノテクノロジーはすでに我々の身近にある。応用分野も広い。その一例はハード・ディスクの磁気ヘッドである。読み取りヘッドの薄膜製造にナノ・レベルの積層加工技術を適用したり、ディスク面とヘッドの浮上量制御に微細な分子運動論的な機構を作り込む。ハード・ディスクのヘッドは、記録ディスクの上、10ナノメートルのところに浮遊して動作する。1,2年でさらに半分の距離になる可能性もある。もちろんナノメートル単位の平面性が必要になるハード・ディスクの記録ディスクの製造もナノテクノロジーだし、コンピューターの心臓部であるCPUチップにも、そしてその周辺に取り付けるコンデンサ等の電子部品の開発・製造にもナノテクノロジーが生かされつつある。これに限らず、目前にある「産業技術的」ナノテクノロジーはエレクトロニクスを中心に現実の技術となっている。
歴史的にナノテクノロジーという概念は、1960年代にアメリカの物理学者リチャード・ファインマン氏が「原子を一つずつ扱う技術」の可能性に言及したことから始まる。具体的に原子を操って新しい物性を得るという試みは、1930年代に新しい合金を造るという形での萌芽が見られる。しかし現在のナノテクに繋がる動きは、1970年代に人工格子の研究で江崎玲於奈氏が先鞭を付けた。異なる原子から成る、原子1個から数個の厚さの薄膜を相互に重ねることで今までにない物性を得るという試みは、その後半導体製造技術へと応用されていく。
「ナノテクノロジー」という言葉を初めて使ったのは、アメリカの物理学者エリック・ドレクスラー氏である。彼は1980年代に「原子をひとつずつ自由に組み立てることができれば、原理的に何でも製造することが可能になる」と主張して、そのような原子を直接操作する微細な分子オーダーの機械を「ナノマシン」と名付けた。当初ドレクスラーの主張は冷笑によって迎えられた。何でも作れるということは、魔法と同じであり科学技術でそのようなことが可能というのは常識に反することだったからだ。しかし、ドレクスラーが分子レベルの大きさのベアリングが計算上は存在しうることを示し、同様の構造がサルモネラ菌の鞭毛の根本で実際に働いていることが指摘されたことで、ナノテクノロジーは空想の対象から現実の学問へと昇格した。1990年にIBMチューリッヒ研究所が走査型トンネル顕微鏡を使って原子を一つずつ移動させて「IBM」の3文字を描くことに成功した。実用化にはほど遠いものの「原子をひとつずつ組み立てる」ことが原理的には可能になったのだ。
その間に1985年には炭素原子がサッカーボール状に結合したフラーレンが発見され、続いて1991年にはNECの飯島澄男氏が炭素原子が筒状の構造に結合したカーボン・ナノチューブを発見した。その後見付かったカーボン・ナノホーンはその形状のために特徴的な物性を示すことがわかり、研究が一気に加速された。電子デバイスから燃料電池まで幅広い応用の可能性が指摘されている。 21世紀前半の技術が、ナノテクノロジーをキーワードとして展開していくことは間違いない。
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